第II章 文(S)


LESSON 11  照応

 11-1 [重複と重複ル−ル#1〜#3] 
 英語では、表現のくり返しや重複が起こると、ふつう、少なくとも次の
3つのル−ルのうちどれかひとつが適用されます。(i)そのまま同じ表現
をくり返す「重複ルール#1」(Equi Rule #1)、(ii)別の代用形で表す
「重複ルール#2」(Equi Rule #2)、(iii)当該部分を削除して「空所」
(gap)のを生み出す「重複ルール#3」(Equi Rule #3)の3つです。
名詞(N)の重複を例にとってそのいくつかを見てみましょう。

    (i) そのまま同じ表現をくり返す。[重複ルール#1]
   (1) John ordered a Big Mac and two cokes. Mary ordered 
     [a Big Mac/*it]  and a coke.
     (ジョンはビックマックひとつとコークを二杯注文した。メア
      リーはビックマックひとつとコークを一杯注文した)
   (2) You don't need sulfur for drying apricots; [sulfur/≠it]
     ruins the flavor.       (Bolinger,1979,p.291)
     (あんずを乾かす時は、硫黄を使わない。硫黄はあんずの香りを
      台なしにするからだ)

    (ii) 別の代用形(substitute)で表す。[重複ルール#2]
   (3) John works for Baskin-Robbins. He likes ice cream.
     (ジョンはバスキン・ロビンズで働いている。彼はアイスクリー
      ムが好きなんだ)
   (4) Susan believed in herself.
     (スーザンは自分が正しいと信じていた)

    (iii)  削除する(となる)  [重複ルール#3]
   (5) A novel was written  by the computer.   (cf.15-2) 
     (小説がひとつ、そのコンピューターによって書かれた)
   (6) The fish that John caught  was big.    (cf.27-2)
     (ジョンが捕まえたその魚は大きかった)

 英語では一般に、(i)はスマートでない(inept)とされることが多く、
(ii)あるいは(iii)、もしくは、(ii)と(iii)の形がともに使われることが
多いようです。なお、(5)と(6)のような形についてはそれぞれ 15-2 と 27
-2 でくわしく説明します。

 11-2 [重複ル−ル#2 と照応形] 
 ここでは、名詞(N)の重複で、重複ル−ル#2が適用される (ii) の
場合のうち (3) のような例についてもう少しくわしく見てみましょう。
次のような発話文の中で、

  (7) a. John works for Baskin-Robbins. *John likes ice cream.
    b. John works for Baskin-Robbins. He likes ice cream.(=(3))
    c. John works for Baskin-Robbins. * likes ice cream.
      (ジョンはバスキン・ロビンズで働いている。彼はアイスク
       リームが好きなんだ)

 HeとJohn が「同一人物」を指す場合には、(7a)のような John → John
の単純反復は認められません。また、(7c)のようなJohn → の形も認め
られません。重複ル−ル#1や#3は使えず、重複ル−ル#2による (7b)
の形だけが選ばれるのです。この本では、このような重複ル−ル#2によ
る代用形を「照応形」(anaphoric form)あるいはANA形と呼びます。ま
た、ここで「N拡充子{照応}」(N EPD{Anaphora})あるいは ANA といっ
たものを考えると、(7b) の He は、次のように生み出されると考えられ
ます。

  (8)  ANA + John    He

また、樹形図は、

  (9)  (He)
      N
     / \
  EPD[ANA]  N
       (John)

 11-3 [拡充子{照応}(ANA)と名詞(N)の性/数/人称/格照応] 
 これら名詞(N)の照応形は、先行する名詞(N)の性・数・人称を反
映して変化します。

  (10) a. Mary works for Baskin-Robbins;she/*he likes ice cream.
      (メアリ−はバスキン・ロビンズで働いている。彼女はアイ
       スクリームが好きなんだ)    [性の一致]
     b. Jim and Mary work for Baskin-Robbins;they/*he like ice
       cream.
      (ジムとメアリーはバスキン・ロビンズで働いている。彼等
       はアイスクリームが好きなんだ) [数の一致]
     c. I work for Baskin-Robins;I/*you like ice cream.
      (私はバスキン・ロビンズで働いている。私はアイスクリー
       ムが好きなんだ)        [人称の一致]

 さらに、名詞(N)の照応形は、動詞(V)の前に登場するときとそれ
以外の位置で登場するときとで形が変わることがあります。例えば、動詞
型がVZ+Nのとき、言い換えれば、文型がN0+VZ+N1のとき、同じNで
ありながら、「N0の位置」あるいは「主格」(subjective case)に登場
する照応形と「N1の位置」あるいは「目的格」(objective case) に登
場する照応形とで形が異なる場合があるのです。次のように、

  (11) a. John likes Mary; he/*him likes tall girls.
       (ジョンはメアリが好きだ。彼は背の高い女の子が好きなん
       だ)
     b. John is a nice boy; everybody likes him/*he.
      (ジョンはいい子だ。みんな彼が好きだ)[格の一致]

 また、名詞(N)が of, on, with, ...など語レベルのN−A(D)転
換子(cf.8-3)の後に続く場合も、その照応形は目的格のそれとなります。

  (12) John and Mary are a nice couple; everybody speaks well of
     them/*they.
     (ジョンとメアリはいいカップルだ。みんな彼等のことはよく言
      う)

 ここで、上記(10)〜(12) の照応形は、拡充子 ANA によりそれぞれ次の
ように生み出されると考えられます。

  (13) a. ANA + Mary     she
     b. ANA + John and Mary    they
     c. ANA + I     I
     d. ANA + John    he
     e. ANA + John    him
     f. ANA + John and Mary    them

 このような既出の名詞(N)を表す照応形の変化をまとめると、次のよ
うになります。

     <名詞(N)の照応(ANA)形(暫定版)>
  (14)



上の表からもわかるように、主格と目的格でその照応形が異なるのは、I-
me, we-us, he-him, she-her, they-them の5組です。

 11-4 [-self/-selves 形] 
 「重複認識」が同一文(S)中の2つの名詞(N)の間で起こった場合
には、11-3 でまとめたANA形とは異なる -self/-selves 形となります。

  (15) Susan believed in herself/*her/*Susan. (=(4))
     (スーザンは自分が正しいと信じていた)
  (16) Max and Dex gave a Christmas gift to themselves/*them
     /*Max and Dex.
     (マックスとデックスは自分達自身にクリスマスプレゼントを
      した)

このように同一文内の2つ目の名詞(N)は、(14) でまとめたANA形から
さらに変化して次のような形となります。

 (17) a. me (私)     → myself(私自身)
    b. us (我々)    → ourselves(我々自身)
    c. you(あなた(がた)) → yourself/yourselves(あなた(がた)
                 自身)
    d. him(彼)     → himself(彼自身)
    e. her(彼女)    → herself(彼女自身)
    f. it (それ)    → itself(それ自体)
    g. them(彼等/それら)→ themselves(彼等自身/それら自体)

 このように -self/-selves 形となるのです。これらを含めると、(14)
は次の(18)のように改められます。

     <名詞(N)の照応(ANA)形(改良版)>
  (18)



 11-5 [その他の照応形] 
 2つの名詞(N)が重複した場合の照応形には、上のリストにあげたも
の以外にも次のようなものがあります。

   (i) <ANA + N>
  (19) Jack and Mary loved each other.
     (ジャックとメアリーはお互いに愛し合っている)
  (20) I lost my watch. I have to buy a new one.
     (時計をなくした。新しいのを買わなくちゃ)
  (21) What's the difference between the education system in
     Japan and that in the U.S.?
     (日本の教育システムとアメリカのそれとの違いは何ですか)

 また、名詞(N)以外の照応形については、

  (ii) <ANA + A>
  (22) A: Are you tired?
      (お疲れですか)
     B: Less so than yestereday.
      (昨日ほどではありません)
  (23) This book has twenty mistakes on as many pages.
     (この本には20ページに20ケ所の間違いがある)
  (24) a. Ann introduced a tall man but I don't remember his name.
      (アンは背の高い男をひとり紹介してくれたが、今彼の名前が
       思い出せない)
     b. We visited the new couple, Dex and Sue. They kindly 
      showed us around their new house.
      (我々はその新婚カップル、デックスとスー、を訪問した。彼
       等は親切に新居を案内してくれた)

  (iii) <ANA + V>
  (25) A: Will you drop in at my office?
      (会社に遊びに来ませんか)
     B: I'll be glad to do so.
      (よろこんで)

  (iv) <ANA + AD>
  (26) A: Will you speak a little more slowly?
      (もう少しゆっくりと話していただけませんか)
     B: I'm trying to do so.
      (そうしてるつもりですが)
  (27) Bill moved to Denver in 1970 and he met Mary then and
     there.
     (ビルは1970年にデンバ−へ引っ越して、その時そこでメ
      アリーに出会った)

 11-6 [後方照応] 
 照応の流れは、ふつう、前から後へとなりますが、しばしばその逆、つ
まり、後から前へと流れることがあります。

  (28) It's delicious, this coffee. (総覧、p.208)
     (うまいね、このコーヒー)

 このような一般に「後方照応」(backward anaphora)と呼ばれる形は任
意(optional)である場合もありますが、

  (29) a. It's expensive to live in a big city.
     b. =To live in a big city is expensive.
      (都会で住むと金がかかる)
  (30) a. It's obvious that John told a lie.
     b. =That John told a lie is obvious.
      (ジョンがうそをついたのは明らかだ)

次のように義務的(obligatory)な場合もあります。

  (31) a. It seems that John is ill in bed.
     b. *That John is ill in bed seems.
      (ジョンは床についているらしい)

Copyright(C) 2004 Masaya Oba. All rights reserved.