8-1-NT ［いろいろな転換子］
2-5-NT-(A) でのべたように、伝統的に「転換」（conversion）と呼ばれてきた
ものは、本来、Morphology レベルの用語で、「形を変えないで異なる品詞として働く場
合」（Quirk et al. 1985, Appendix I, pp.1558ff）を指す。例えば、 release(Ｖ)
→ release(Ｎ)のように。
しかし、この本では、「２つの意味単位の組み合わせが、元の２つのどれとも異
なる文法特性を持つ意味単位となる場合」をさす。したがって、この本では、伝統的な
「ゼロ変化」の転換のほかに、接辞による転換や文から節への転換も同じ転換として扱
われる。さらに、名詞（Ｎ）、動詞（Ｖ）などの主形態素や文（Ｓ）に付加され、この
転換を引き起こす副形態素を転換子（CVT）と呼ぶ。転換子の形としては、接辞、語、句
レベルのものがあり、そのアウトプットは語、句、節となる。
1) treat + -ment = treatment（語）
2) in + front = in front （句）
3) now that + John passed the test = now that John passed the test(節)
転換子(CVT)には、単に付加されるだけでなく、音の変化をともなったり、いく
つかの操作を含むものもあるが、詳しくは後述。
ちなみに、Quirk et al.(1985, p.1560)では、動詞（Ｖ）から他の品詞へ転換し
たものを deverbal、名詞（Ｎ）からのものを denominal、形容詞（Ａ）からのものを
de-adjectival のように呼ぶ。ただし、de-adverbial, de-sentential にあたるものに
ついては言及されていない。
8-3-NT-(A) ［Japan's = Japanese = of Japan］
本文の例文(9)、
1)a. Japan's economy
b. the economy of Japan
のほかに、次の 2) も可能である。
2) the Japanese economy
ただし、不思議なことに、
3)a. *the Japan economy
b. the US/UK economy
-'s と of は、実は、全く同じように使われるわけではない。この２つは、所有
関係以外に、主語関係、目的語関係、種類、同格などの関係も表し、微妙な使い分けが
存在する(cf.安井、1994, p.340）からである。
4)a. my father's sister
b. *the sister of my father (ofは 不可)
5)a. the Queen's arrival
b. the arrival of the Queen
ただし、所有の意味を明確に示すときには、of Ｎ's の二重所有格が好まれる
とされる。
6)a. a picture of my father's(私の父が持っている[父が 写した]写真)
b. a picture of my father(私の父を写した写真）(綿貫ほか、p.75)
8-3-NT-(B) ［Ｎ－Ａ転換子:-'s］
無生物の名詞（Ｎ）は、ふつう、Ｎ's ではなく of Ｎ の形を使うが、Ｎ's の
形で使う無生物の例もないわけではない。（cf.綿貫ほか、p.74)
<無生物の名詞（Ｎ) + -'ｓの例>
(i) 集合体 ,
1)a. the nation's resources
b. the government's decision
(ii) 地名
2)a. Asia's future
b. Japan's industrialization
(iii) 天体
3) the earth's gravity
(iv) 時間・ 距離
4)a. ten minutes' break
b. a day's journey,
(v) 乗り 物
5)a. car's design
b. the train's arrival
(vi) その他
6)a. the brain's total weight
b. the book's title
8-4-NT-(A) ［いわゆる前置詞の頻度］
Hofland & JohanssonのLOB CORPUS:RANK LIST によれば、最も頻度の高い２５語
のうちに次の９語が含まれている。
of, to, in, for, with, on, at, by, from
8-4-NT-(B) ［ＰＰ？］
次の下線部in Chicagoは、
Uncle John works in Chicago.
Ｘ’理論によれば prep を head とするＰＰ、 Quirk et al.(1985, p.60) によれば省略
できる部分がないので nonheaded のＰＰ、 McCawley, J.D.(1988, p.190) によれば
「prep, Ｎどちらがhead か、あるいはどちらも head でないのかはあきらかでない」
ＰＰとなる。
ただし、この本では、「前置詞句」を表すＰＰという用語は使わない。全体が名
詞（Ｎ）として使われるものを名詞句、形容詞（Ａ）として使われるものを形容詞句、
のように呼ぶので、仮に「前置詞句」という文法カテゴリ－を認めるとしても、in and
out of town の下線部のようなきわめて不安定で部分的なかたまりしか表さないからであ
る。
そもそも、Ｘ’理論でいう語彙範疇のうち、Ｎ、Ｖ、Ａはよしとして、ＰＰと
いう語彙範疇の設定はスマ－トではない。「～として使われる」という観点で言えば、
ＰＰ はＡとしてもＡＤとしても使われるので範疇の重複があることになる。
また、Noun Phrase(+N, -V), Verb Phrase(-N, +V), Adjective Phrase(+N, +V),
Prepositional Phrase(-N, -V)のように分類し、ＰＰを(-N, -V)と素性分解するという
方法もきわめて説得力に欠けるものである。とりわけ (-N, -V)の -V の部分が問題であ
る。Halliday, M.A.K.(1994, p.212)などは prep を 'minor verb' と位置づけているほ
どだからである。
語のかたまりが何として使われるか(external syntax)ということと、そのかた
まりの中の構造(internal structure)がどうなっているかということは、ともに英文法の
分析にとって重要である。(cf. Baker, C.L., 1989, p.38)
学習英文法をめざすこの本では、例えば、上記の in Chicago において、
(i) in の品詞はなにか
(ii) in と Chicago のどちらが head であるか
ということより、
(i) in はその後にどのような品詞を要求するか(internal structure)
(ii) in Chicago 全体がＡ句かＡＤ句か(external structure)
ということが最大関心事となる。
8-4-NT-(C) ［determine(cf.Baker) と introduce(cf.Lobeck)］
いわゆる前置詞、この本で言うN-A(D)転換子（N-A(D) CVT）が、その後に名詞
(Ｎ)を要求することを Lobeck, A.(p.81)は名詞（Ｎ）を "introduce" すると呼ぶ。
また、Baker, C.L.(1989, p.54)は、前置詞はそのアウトプットがどのような品詞として
働くかを "determine"すると言う。
・Lobeck, A.(p.81)
...one of the characteristics of grammatical categories is that they
typically introduce lexical heads.
・Baker, C.L. (p.54)
...the prepositions...seem to be phrasal heads... To take...examples,
the external behavior of the three-word phrase into the house is
largely determined by the preposition into, ...
8-4-NT-(D) ［N-A(D)転換子のReanalysis］
ほとんどすべてのいわゆる前置詞が転換子(CVT)といえる。ただし、次の 1) の
at などは転換子とは呼べないかもしれない。arrive at はすでにひとつの動詞化子(VZ)
と考えられるからである。(cf.15-9)
1) They arrived at the terrible conclusion.
Allerton, D.J.(p.17) は、この at のような要素を "transitiviser" と呼んでいる。
ちなみに、Lobeck, A.(p.200)は次のturn out the light の out は "an intransive
preposition"、turn into the street の into は transitive であるとする。
2)a. VP 2)b. VP
／ ｜ ＼ ／ ＼
Ｖ P NP Ｖ PP
(turn) (out) (the light) (turn) ／ ＼
P NP
(into) (the street)
いわゆる前置詞の reanalysis の例は、Givón, T.(pp.266-267)にも見られる。
3)a. True possessive modifier:
PP
／ ＼
P NP
(on) ／ ＼ ＼
Det N POSS
(the)(top) (of the house)
3)b. Reanalyzed complex preposition:
PP
／ ＼
P NP
(on-top-of)(the house)
次の 4-a) もまた、前置詞の reanalysis の例と考えられる。
4)a. She said nothing but her name. 「ほとんど何も言わなかった 」
b. She said nothing except her name.「 名前だけいった 」
つまり、4-a) の nothing but はいまやひとつのEPDとなっているのである。
なお、reanalysis という用語については、梶田(pp.44-66) や荒木・安井(pp.
1210-1212) を参照されたい。また、同様の現象は、Quirk et al.(1985, p.90) では
multiple analysisと呼ばれ、遠くさかのぼれば、語レベル・音韻レベルの metanalysis
(cf.Jespersen,O. Ⅱ 5.6)に至る。
8-4-NT-(E) ［prep＋ＮのA(D)っぽさの度合い］
prep＋Ｎ からなるＡＤ あるいはＡ は、本来のＡＤやＡと全く同じ統語的環境
に生起するというわけではない。
1)a. John opened the box carefully. (McCawley, J.D., 1988, p.183）
b. John opened the box with care.
c. John carefully opened the box.
d.*John with care opened the box.
2)a. The teams [with good records] will meet in the second round.
b.*The teams are [with good records].(Baker, C.L., 1989, p.322)
8-4-NT-(F) ［prep＋Ｎ＝Ｎ？］
次のような例をもとに、いわゆる前置詞に名詞（Ｎ)から名詞（Ｎ)句を生み出す
拡充子(EPD)の働きがある、と主張する人がいるかもしれない。
1) Don't you know that between five and ten percent of the
population is left-handed?
2) Does under the stairs seem to be a good place to hide?
(Lobeck, A., p.222)
3) A:When are we going to have the next meeting?
B:On Tuesday will be fine./In March suits me.
(Quirk, et al. 1985, p.658)
4) A rabbit emerged from under the table.(安井、1987, p.346)
安井（1982, p.12)によれば、引用符で囲まれていなくても、引用されたもの
としての扱いを受けると、どんな語句でも名詞句として扱われるという。
5) From here to London is no great distance.
6) You could pass for twenty years old.
Quirk et al.(1985, p.736)の次の例も同様。
7) Slowly is exactly how he speaks.
8) Out on the lake will be splendid.
9) Because Sally wants to leave doesn't mean that we have to.
ちなみに、この本では、OM-NI転換子(OM-NI CVT) の
を考える(cf.8-6)ので、
たとえば、上記 4) のＡＤ句は次のように分析される。
10) (from under the table)
ＡＤ
／ ＼
CVT[N-AD] Ｎ
(from) ／ ＼
CVT[OM-NI] ＡＤ
() ／ ＼
CVT[N-AD] Ｎ
(under) (the table)
8-4-NT-(G) ［ＡかＡＤか］
本来、英語では前置詞句はＡかＡＤかの区別ができない。例えば、Lobeck,A.
(p.32)によれば、次の 1) は、2-a)と2-b)の読みがあるのでambiguousであるという。
1) The journalist interviewed the actor in a tuxedo.
2)a.The journalist interviewed [the actor][in a tuxedo]
b.The journalist interviewed [the actor[in a tuxedo]]
8-6-NT ［cut(Ｎ) vs cut(Ｖ)］
例えば、2つの語 cut(Ｎ) と cut(Ｖ) について、(i)２つとも別個の語である、
(ii)cut(Ｎ)からcut(Ｖ)が生まれた、(iii)cut(Ｖ)からcut(Ｎ)が生まれた、とする3つの
説明が可能である。つまり、
(i) cut(Ｎ), cut(Ｖ)
(ii) cut(Ｎ) + → cut(Ｖ)
(iii) cut(Ｖ) + → cut(Ｎ)
中には分かり易いもの(the then presidentや E-mail us.）もあるが、一般に
上の(i), (ii), (iii) のどれであるかを正確に説明しきるためには、通時的知識/研究
が必要となる。学習英文法では深追いを慎むべき領域であろう。
8-7-NT-(A) ［６つの基本的な文法カテゴリー］
主形態素と副形態素については、すでに2-6-NTで述べた。結局、この本で言う
主形態素は伝統的に内容語(content word)と呼ばれてきたものを指し、副形態素はいわ
ゆる接続詞、前置詞、冠詞、助動詞などいわゆる機能語(function word)のほか、全ての
接辞(affix)を指す。
主形態素と副形態素の違い（語彙性、強勢、照応など）については、2-6-NTです
でに述べたが、主と副を分ける一番大きな違いは「文法カテゴリーとしてのrecursive-
ness (cf. Lobeck, A. p.37)」である。
もし、次のような Arnoff,M.(1976)の仮説が正しいとすれば、
(i) すべての規則的な語形成はすでに存在している語から作られる、
(ii) それらはすべて大語彙範疇（major lexical category:A,N,V,AD)の構成員
である（cf. 大石、p.12）、
語形成の世界は４つの品詞（Ａ、Ｎ、Ｖ、ＡＤ）を基本としてグルグル回っていることに
なる。これは、主要品詞を４つに特定するもうひとつの理由となりうる。一方で、主要品
詞に ＡＤを入れない説やそれ以外のもの（ＰＰなど）を考える説はこの事実をクリア－
できない。
8-7-NT-(B) ［副形態素の saliency］
副形態素は、強勢をうけることがマレであるだけでなく、しばしば発音さえされ
ないという点で話し言葉ではsalientではない。 したがって、例えば、子供の英語では
副形態素が欠落しがちである。 例えば、Radford(pp.483ff)は、いわゆる vocabulary
spurtから syntax spurtへ移行する２才前後で、modal, comp, det, personal pronoun
などの（［－salient］な）"functional heads" が欠落しがちであるとして、習得上の
lexical → functionalの流れを示唆している。
一方で、副形態素は「閉じた」グル－プであるため、発話の中ではしばしば繰り
返し使われ成人の英語では「頻度が高い」。Hofland & Johansson の RANK LIST によれ
ば、頻度ベスト１００語のうち、主形態素（said, time, now, manなど）はきわめて少
なく、約８０語が副形態素（the など。接辞は含まれていない）で占められている。
このように、副形態素は一般に子供の英語や話し言葉では salient でないが、
成人の英語や書きことばでは頻度高い。
文法というものを音中心（sound-oriented)に考えるか、文字中心（letter-
oriented)に考えるかで、その文法の中での副形態素の意味・役割は変わる。ひとりひと
りの学習者にとって良い文法を処方するためには、(i)発信型学習か受信型学習か、(ii)
Ｌ1型学習かＬ2型学習か、(iii) 成人用か子供用かなどを見極める必要があろう。
8-7-NT-(C) ［品詞のカベ］
品詞の境界線のむつかしさは、(i)Bloomfield, L.（「語類は互いに重複、交差
しあい、完全に一貫した品詞分類はできない」(大塚・中島, p.365))、(ii) Michael, I.
(Appendix II shows instability of parts of speech, p.211), (iii)Ross J.B.
(Quasi-continuous hierarchy:Ｖ＞...＞Ａ＞...＞Ｎ, p.165）を見てもわかる。
また、同一品詞内にも gradience があることは Ross J.B.(Nouniness Squish:
that>for-to>...AccIng>Noun)）などに言及されている。
本来、品詞の設定自体がプリズムの連続的な色を何色かに呼び分けるようにき
わめて便宜的な作業であると考えるべきなのだと思う。もし品詞の決定がこのようなある
種の「ふんぎり」の結果であるとすれば、まず中核となる文法カテゴリ－（品詞）をいく
つか見つけ出し、その後、学習者の習得度に合わせて下位区分を複雑にしていく文法が考
えられねばならない。
この本では、中核となる文法カテゴリー(品詞）を４つ（N,A,V,AD)設定する
が、この品詞のカベは初級者には重要なポイントである。
Givon, T.(pp.9-10)は、Bowerman, M.(1983)の例を引用して、Ｌ１でも３才
以降児に次のような grammatical inventiveness が見られるとする。
1) I'm gonna sharp this pencil. (sharpen)
2) Don't dead him. (kill)
8-7-NT-(D) ［Ｓの扱い］
ＳをＡ/Ｎ/Ｖ/ＡＤ同様、基本品詞と考える人がいるかもしれない。たしかに、
次の(i)、(ii) に関しては、Ｓは他の４つの基本品詞と同じである。
(i) [+Recursive]
いくつかの形態素や語が、拡充や転換を繰り返す中で、Ｎ＋Ｖの組み合
わせは、しばしば出現する。(cf. Lobeck, A., p.37, "Recursion")
(ii) 照応形がある
「照応」は、名詞類照応、述部類照応、文照応、副詞類照応、形容詞類
照応に大別される。（cf.今西・浅野、p.14)
ただし、文（Ｓ)が決定的に他の4つの品詞と異なるのは、次の(iii)と(iv)である。
(iii) morpheme/word レベルの文（Ｓ）は存在しない。
(iv) ＳはＮ＋Ｖの代替表現である。
したがって、この本ではしばしばその便利さのためにＳという記号を使うが、基本的な
文法カテゴリーはあくまで上記４つ（Ａ/Ｎ/Ｖ/ＡＤ）ということになる。