1-1-NT ［形態素＝有意味的最小単位］
この本では「形態素」(morpheme)を構造言語学の形態論に従い「有意味的最小
単位」(minimal meaning unit)と定義する。したがって、形態素は語のみならず語以下
レベルのいわゆる接辞（affix）なども含むこととなる。多くの学習英文法書が、その解
説を「語」から始める中、この本であえて「形態素」から始める理由はいくつかあるが、
ひとつには、例えば -er と more、-ing と to の扱いに統一性を持たせるためには、接
辞と語の境界線を取り払った方が便利だからである。
ただし、形態素の定義を支える「ひとつの意味」という区切り自体が実はアイ
マイなものである。例えば、生成意味論（cf. McCawley, J.D. 1968, pp.71-80）では、
kill = CAUSE + BECOME NOT ALIVE というように語彙分解（lexical decomposition) す
るので kill は複数の意味の合成からなることとなる。同様に考えれば、次の employer
と employee では意味の数が異なるということになる。
1)a. employer = {employ}+{Person},
b. employee = {employ}+{Passive}+{Person}
また、次のような例では、語単独の意味と文脈の中での意味が異なる。
2)a. cousin [+male/+female]
b. My cousin is very handsome. [+male]
c. My cousin is now pregnant. [+female]
このように「形態素」も「ひとつの意味」も実は科学的には確たる論理基盤の
上に成り立つコンセプトというわけではない。ただし、学習英文法の場合、分析の基礎単
位として少なくとも「語」よりは「形態素」の方が有用性が高いと思われる。
1-2-NT-(A) ［母音の数と子音の数］
母音１２、子音２４という数は、Swan, M.（1995, p.xxx）やJones, D.(1977,
p.xxxi)などによる。（ただし、この数字に diphthongs は含まれていない）
もちろん、英語の母音・子音の数についてはいろいろの説があり、この３６と
いう数字は唯一、絶対的なものではない。例えば、Francis, W.N.（p.447）は母音９、
子音２４の計３３音をあげ、Kenyon,J.S. & T.A.Knott(p.xvii)では、母音１７、二重
母音５、子音２８ となっている。また、Barber, C.（p.14）は、単音だけで３５、二重
母音（diphthongs）を含めて計４５という数字をあげている。また、Quirk et al.(1985,
p.viii）は、子音２４、母音（二重母音を含む）２５をあげている。
ちなみに、Swan, M.(1995, p.xxx)のものは、次の母音１２－二重母音８－子音
２４である。
ちなみに、音素（phoneme）と呼ばれるこれらの音をさらに下位区分する人達
もいる。例えば、同じ/p/でも語頭の[p1]、語中の[p2]、語末の[p3]とでは音の、いわば
絶対値が異なるとするのである。次のように。
1)a. post [p1óust]
b. spot [sp2
t]
c. stop [stp3]
そして、一般に[p1]は[p2]、[p3]の環境には現れず、[p2]、[p3]も他の環境に現れない
（相補分布する)ところからこれらを/p/として同じグル－プにまとめるのである。
ただし、この本では学習英文法の立場から/p/のような音素（phoneme）を音の
最小単位として論を進める。
1-2-NT-(B) ［最も音素が少ない言語］
ちなみに、「最も音素が少ない言語」は、乾（pp.22-25)によれば、パプアニュ－
ギニアのロトカス語（Rotokas）とブラジルのピラハ－語（Piraha～）で、その数はとも
に１１であるという。
・ロトカス語（Rotokas)： ・子音６：/p,t,k,g,B,D/
・母音５：/i,e,a,o,u/
・合計１１
・ピラハ－語（Piraha～)：・子音８：/p,t,k,?,b,g,s,h/
・母音３：/i,a,o/
・合計１１
1-2-NT-(C) ［CCV型の発音］
発音のしやすさから考えると、地球上で一番多く使われている音の組み合わせ
はおそらく「（母音＋）子音＋母音＋．．．」といった、母音と子音を交互に使った組
み合わせであろう。
日本語でも「子音＋母音」という単位をつないで形態素を作ることが多いが、
英語ではしばしば「子音＋子音＋母音」のように子音を複数個つないだ単位（consonant
clusters）が使われる。そこで英語を学ぶ日本人学習者に予測され、しかもよく観察さ
れる「日本語ナマリ」に「＊子音＋母音＋子音＋母音」という形がある。次のようなも
のである。
1) black [blæ'k] → [*bulæ'ku]
2) strike[stra'ik] → [*sutora'iku]/[*sutora'iki]
ちなみに、英米人の子供も３歳くらいまでは「子音＋子音＋母音」のような発
音は苦手のようである。Grunwell,P.(1981, in Harris,J., p.10）によれば、９ケ月か
ら２歳まではＣＶ(Consonant+Vowel)とＣＶＣＶパタ－ンのみ。２～３歳でＣＶＣのよう
な open syllable（子音で終わるシラブル）ができるようになり、ＣＣＶやＣＶＣＣＶ
のような consonant clusters が発音できるのは３歳以降であるという。
1-2-NT-(D) ［２才児の形態素３００］
本文では「２歳児はふつう約３００の形態素を使う」としているが、実は２歳
児の場合、習得形態素数を正確に測ることは難しい。例えば、２歳児が Daddy fell. や
Allgone.を発話した時にいくつの形態素を習得したとするかは、ＭＬＵ(mean length of
utterance)をどう算定するかという観点からも難しいからである。
ちなみに、Barrett, M.(in Fletcher,P. & B.MacWhinney, p.363)には、８～
３０ケ月の子供１７８９名のデ－タ（Fenson et al. 1993）がある。それによると、
(i) １３ケ月児で発信語彙は１０語、受信語彙は１１０語、
(ii) １６ケ月児で発信語彙は４５語、受信語彙は１８０語、
(iii) ２４ケ月児で発信語彙は３１０語、
であるという。
1-3-NT ［音調→意味］
日本語でも、-a_me（雨）、_a-me（飴）のように音調が語義を変える例はみら
れるが、音調をシステムとして言語の中に取り入れている言語としてよく知られている
ものに中国語やベトナム語がある。富田（p.29) によれば、ハノイ方言を基礎にしたベト
ナム標準語では、次のように音調によって意味を使い分けるという。
1) ma （お化け）
2) ma` （而し）
3) ma´ （頬）
4) ma. （苗）
5) ma? （墓）
6) ma～ （張り子の馬）
1-4-NT ［スペリング］
たしかに、英語ほど発音とスペリング(綴り）の間にパラレリズムが少ない言語
はマレで、その意味で英語は世界に悪名が高い。
しかし、例外を強調するあまり、英語の文字表記と発音との間には全くパラレ
リズムがないかの印象を与える指導をすることは良いことではない。現実には、この両
者には、例外は多いもののたしかなパラレリズムが存在するからである。
英語をＬ1（母語）とする国々では、音と文字との間にあるル－ルを教えるため
フォニックス(phonics)という教授法がとられることもあるようであるが、これはＬ1の
最大のメリット、 つまり、豊富な「言語シャワ－」を前提としている。Ｌ2として学ぶ
英語学習に取り入れる場合にはこの言語シャワ－の量が十分に確保されるかどうかが成
否のカギとなろう。
