2-1-NT [形態素+形態素=語]
このように「語」とは、文字の世界での慣用的な区切りにすぎない。したがっ
て、/音/の世界で分析する場合とでは、しばしば、その形が異なる。例えば、 Pike,K.
L.(p.55, 谷口 p.80)によれば、適当な脈絡がある中では多くのアメリカ人話者は、次の
1) を 2)のように発音するという。
1)Ed had edited it.
2) /
d
d
d
d
dit/
つまり、/音/による発話の分析記述はきわめて不安定ということになる。多く
の文法書が/音/表記ではなく「文字」表記によっているのはそのためである。この本で
も、/音/表記をとらず、「文字」表記で記述する。ただし、このように話し言葉の/音/
を捨て、書き言葉の「文字」による分析を始めた時点で、すでにコミュニカテイブな視
点に立った文法といった観点からは一歩後退することになっているのかもしれない。
また、この定義によれば、I'm gonna go. のI'm も gonna も「語」というこ
とになりうるが、この本では、これらは「言い換え表現」(cf. 27-6)の一種とされる。
2-2-NT [句とは]
「句」という用語は、文法家や文法理論によって指すものが異なり、今や、曖
昧な用語であるので、この本での句の定義をここで示しておきたい。
この本では、「句」は次の2つの特徴を持ち、
(i) 2語以上から成る
(ii) N+Vの構造がない
多くの場合、
(iii) 4つの文法カテゴリ-(N、A、V、AD)のどれかに相当する。
まとめて言うと、「語より大きく、文(cf.9-1~9-8, 17-1~21-8)や節(cf.
25-1~27-8)より小さい単位で、多くの場合、4つの文法カテゴリ-(N、A、V、A
D)のどれかに相当するもの」。したがって、この本では1語から成る句は存在せず、
文と句は区別される。
なお、荒木・安井(pp.1065ff)には、(i) Sonnenschein(1916, $44)、(ii)
Onions 以降の伝統文法、(iii) 構造言語学、(iv)Quirk et al.、(v) 変形文法、におけ
る「句」の定義がわかりやすく述べられているので参照されたい。
2-3-NT [複合語]
複合語(compounds) は、2つ以上の語から成る句が慣用的にしばしば使われ
るうちに一語として感じられるようになってしまったもの、と定義できる。したがって
、複合語に次のような形は存在しない。
1) *a retailed old shop (安井、1994, p.17)
2) *a very redhead
(ただし、荒木・安井 p.309によれば、Strauss,S.L.(1982)のように、語と
語の結合ではない socio-linguistics のような派生語も複合語であるとする立場をとる
文法家もいる)
複合語のポイントは2つある。(i)イデイオム性と(ii)イントネ-ション・パ
タ-ンである。イデイオム性には gradience があり、それは1語(solid)-ハイフン
付き2語(hyphenated)-2語(open)といった表現形式(Quirk et al.1985, p.1613)
に反映される。一般的に米語は hyphenated より open/solid を好む(ibid.)ようであ
る。ただし、これらの表現形式には個人差、地域差があり、安定的とは言えない。例え
ば、本文中でとりあげた stomach(-)ache は次のように辞書により取り扱いが異なる。
(i)stomach ache として載せている辞書
a. Cambridge International Dictionary of English. 1995 CUP
stomach の項にはないが、ache の項に次の例文あり。
I've had (a) stomach ache all morning.(p.11)
b. Shogakukan Random House English-Japanese Dictionary.'73 小学館
ただし、2nd(1994)では stomachache となっている
(ii)stomach-ache として載せている辞書
a. COBUILD:English Learner's Dictionary. 1989 Collins/秀文
b. Chamber's Universal Learner's Dictionary. 1980 Chambers
c. Oxford Wordpower Dictionary for Learners of English. 2000 OUP
(iii)stomachache として載せている辞書
a. The Random House Dictionary of the English Language.
2nd Unabridged 1987 Random House
b. Webster's Third New International Dictionary. Unabridged
1981 G.&C.Merrian
c. Longman Dictionary of Contemporary English. Longman 1978
d. TAISHUKAN'S GENIUS ENGLISH-JAPANESE DICTIONARY.(2nd) 1996 大修館
一方、複合語のイントネ-ション・パタ-ンは安定しており、おおむね
のパタ-ンとなる。(cf.4-5-NT) 例えば次のように。
<複合語>
<名詞句>
3)a. a REDhead vs a red HEAD (安井、1994, p.16)
b. a DIVING instructor vs a diving INSTRUCTOR
c. a GREENhouse vs a green HOUSE
なお、journalese でしばしば見かける次のようなハイフンつき複合語は、品詞
転換をともなっているという点で上記のものとは異なる。
4)a. would-be bride
b. now-I-can-tell-you story
2-4-NT-(A) [拡充(expansion)]
実は、expand という用語が表すものは、現在では曖昧である。例えば、次の
1) N
A + N
(big apple) (big) (apple)
で、(i)N(big apple)がA(big)とN(apple)にexpand1されるとする文法家と、(ii)
A(big)+N(apple)がN(big apple)にexpand2されるとする文法家がいるのである。
(矢印の方向に注意)
例えば、(i)の立場をとるいわゆるPS rules では、
2) NP → Det + N
のように分析されるが、この方法ではこの本でいう(i)転換と(ii)拡充の区別ができない
だけでなく、NP が Det と N に rewrite されたとたんに NP は消える。(cf.Lyons,
J. p .235)IC分析もこの点で矢印の方向は同じである。この分析はいわば受信型の文
法と言える。
一方、 Morenberg,M.(pp.25ff)、Halliday,M.A.K.(pp.180ff), Lock,G.(p.130)
などは、(ii)の立場をとる。(伝統的学校文法とcategorial grammars(cf.Lyons,J. pp.
227ff)も同じ)
Morenberg,M. は、Expanding Verb and Noun Phrases として、tense,
modality, aspect などによる verb phrases の expansion や articles, possessives
などによる noun phrases の expansion をとりあげている。
また、Halliday, M.A.K.(p.196) は、次のように述べており、
A verbal group is the expansion of a verb, in the same way that
a nominal group is the expansion of a noun.
Lock,G.(p.130)は、Adjective(ex.large) がAdjective Group(ex.very large)
に"expand" される、という言い方をしている。ちなみに、Lock の expansion の図式は
次のようになる。
3) AD(very) + A(large) → AG(very large)
このように、文法家の間でも expansion が指すものはおおいに違っている。
この本では「発信型の文法」を目指すという理念から(ii)の立場をとる。また、その日
本語訳については、IC分析の「拡張・拡大」をとらず、expanded tense(cf.Jespersen,
O.)の訳語として定着している「拡充」をとった。
ちなみに、安井(1995)では、修飾語句によりふくらむことを「拡張」(p.4) と
呼んだり「拡充」(p.16)と呼んだりしている。
2-4-NT-(B) [文法カテゴリー]
この本では「文法カテゴリー(品詞)」は、名詞(N)、形容詞(A)、動詞(
V)、副詞(AD)、拡充子(EPD)、転換子(CVT)、そして文(S)の7つを
さす。(このうちSは=N+Vと言い換えられるので、基本的な文法カテゴリーはこのS
を抜いた6つ、ということになる)ただし、同一の文法カテゴリーに属する語句が常に全
く同じ文法特性を示すというわけではない。それぞれがその「らしさ」について度合いの
異なることもある。例えば、同じ動詞(V)でも、
1)a. swim → swam vs can swim → could swim(同じ)
b. swim → to swim vs can swim → *to can swim(異なる)
swim も can swim も動詞(V)としてほぼ同じ機能を持つが、一方で、swim
は to と共起できるが、can swim は不可である。この2つには「動詞っぽさ」に違い
があると言わざるをえない。
このように、実は複雑な文法特性を大きく6つの枠の中に閉じ込めることは、
学習英文法の明快さと便利さには資するものの、一方で、特に上級者には大きな矛盾や
未解決の問題を置き去りにすることを意味する。学習英文法の根源的ジレンマと言え
よう。
2-5-NT-(A) [転換]
伝統的に 「転換」(conversion)と呼ばれてきたものは本来、Morphology レベ
ルの用語で、「形を変えないで異なる品詞として働く場合」(cf. Quirk et al. 1985,
Appendix I)、あるいは、「ゼロ接辞による派生(derivation)」(cf.杉浦、p.218)をさ
す。例えば次のように。
1) release(V) → release(N) (Quirk et al., 1985, p.1558)
2) dog(N) → dog one's footsteps(V) (杉浦, p.218)
3) carry(V) → the carry of a gun(N)(鉄砲の弾程)(ibid.)
しかし、この本ではAllerton, D.J.(pp.15ff) などにならい、Syntaxレベルに
まで範囲を広げ、「2つの意味単位の組み合わせが、元の2つのどれとも異なる文法特性
を持つ意味単位となる場合」をさすこととする。
2-5-NT-(B) [拡充と転換]
ここで言う「拡充」と「転換」は Bloomfield, L.(p.194)の「内心構造」
(endocentric construction)と「外心構造」(exocentric construction)に限りなく近
い。ただし、Bloomfield は、to Vや can Vなど動詞まわりの分析や文(S)の扱いで
この本とは異なる分析をしている。
また、Quirk et al.(1985, p.60) は head という語を用い、headed
construction(ex.Adjective Phrase)とnon-headed construction(ex.PP)を
「 head 以外の要素を省略できるかどうか」で決めており、その意味ではこの本の「拡
充」と「転換」に近い。ただし、最近の生成文法理論では、head(主要部)という用語
が異なった意味で使われる。例えば、DetP や PrepP では、それぞれ Det や Prep が
head とされる。例えば、the book about linguistics は DP として次の様に分析され
るのである。(Rutherford, p.33)
In more recent work, however, the head of a phrase like the book about
linguistics is taken to be not the noun book but the determiner the.
DP
/ \
D NP
| |
the book about linguistics
(head)
一方では、そもそも prep+N のような構造では head の判別がつかないとす
る文法家(McCawley,J.D. 1988, p.190)もいる。このようにheadという概念は、現在、
さまざまの意味で使われており、必ずしも分析用語として切れ味の良いものとは言えな
い。したがって、この本では、 headed/non-headed という用語は使わないこととした。
このようにこの本で言う「拡充」と「転換」は限りなく Bloomfield の endoc
entric vs exocentric や Quirk et al. の headed vs non-headed に近いものであ
る。にもかかわらず、この用語の使用を避けたのは、上記のような理由の他に、この本
では「拡充」と「転換」が語だけでなく接辞なども対象としている点で Bloomfield や
Quirk et al. とは大きく異なるからである。
2-6-NT [主形態素と副形態素の違い]
主形態素と副形態素の違いはだいたい次の6つである。
(i)主形態素は語彙性が豊かである。一方、副形態素は主形態素ほど豊か
ではない。
(ii)主形態素は独立性が強く、発話の中でしばしば単独で存在するが、副
形態素はつねに主形態素の存在を前提とし、その脇役として働く。
(iii)主形態素は「開いて」おり、その数は無限に近く存在する。一方、副
形態素は「閉じて」おり、その数は限られている。(cf.池上・池上,
p.626)
(iv)主形態素はしばしば強勢を受けるが、副形態素が強勢を受けることは
まれである。(cf.池上・池上,p.26)
(v)主形態素は照応形(ANA形,cf.11-2)を持つが、副形態素は持たない。
(vi)副形態素は一般に書き言葉では頻度高い(cf.Hofland & Johansson)
が、話し言葉では salient ではない(聞き取れない)。
ここで言う主形態素は、伝統的に内容語(content word)と呼ばれているもの
である。具体的には名詞(N)、形容詞(A)、動詞(V)、副詞(AD)の4つをさ
す。一方、副形態素には、いわゆる接続詞、前置詞、冠詞、助動詞などのいわゆる機能
語(function word)のほか全ての接辞が含まれる。この本では、これらの副形態素を拡
充子(EPD)と転換子(CVT)の2つに分ける。(cf.2-7)
2-7-NT-(A) [転換子・拡充子]
convertor(転換子)という用語は、Allerton, D.J.(pp.14-15)による。ただ
し、日本語訳は大場。
Allerton, D.J.(pp.14-15)は、Tesnière(1959)の"translatif" にふれ、
CONVERTOR, BASEという概念を導入して次のように述べている。
This is why Tesnière(1959:361-72) accords to them the status of
"translatif", since he sees their essential syntactic function as that
of changing the class of their co-constituent into that of the whole
construction. A preposition, for instance, "translate" a noun (or noun
phrase) into an adverbial. We may call such an element a CONVERTOR and
give the label BASE to the elements they convert.
したがって、Allerton, D.J.(pp.24-25)によれば、例えば、with a new hat の分析は次
のようなものとなる。
1) with a new hat
(prep) (Det) (Adj)(N)
a) new(modifier) + hat(head)
b) a(specifier) + hat(core)
c) with(convertor) + a new hat(base)
Allerton(p.20) は、また、さらに一歩踏み込んで、いわゆるcomplementizers
の to や that などもCONVERTORとみなし、次のように述べている。
A more complex type of this pattern is seen in the use of complementizers
to and that to convert whole sentences to noun phrases.
また、よく似た方向性を持つ分析として、Celce-Murcia & Larsen-Freeman(19
83, p.13)は、前置詞が時や場所を表す名詞に「副詞的な機能」を与える、として次のよ
うに述べている。
Note that prepositions are being used here to give nouns with temporal
(time) or positional(place) meaning an adverbial function. As a general
rule, nouns do not function on their own as adverbs in English. For
example, we have the following sentences where the nouns Monday and
home become adverbial with the help of the preceding prepositions:
2) Max will stay here until Monday.
3) Mr.Green works at home.
彼等によると、例えば、Perhaps the boys work in the city. の下線部の樹形
図は次のようになる。
4) (in the city)
Advl
|
PP
/ \
P NP
(in) / \
det N
(the) (city)
より正確には、「副詞的な機能」ではなく、「副詞あるいは形容詞的な機能」とするべき
であると思われるが、伝統的な前置詞という文法カテゴリ-を品詞転換という観点でとら
えている点で興味深い。
なお、expander(拡充子)はconvertor(転換子)との対比上、expansion
(拡充)から作りだした。日本語訳も大場。
2-7-NT-(B) [副形態素の形:付加/入れ替え/代入/ゼロ変化など]
拡充子(EPD)や転換子(CVT)は,(i)付加という形をとるのが一般的である
が、(ii)倒置や(iii)代入や(iv)ゼロ変化という形をとることもある。
(i) 付加 (ii) 倒置
(unable) (income)
A N
/ \ / \
EPD A EPD V
(un-) (able) (倒置) (come in)
(iii) 代入 (iv) ゼロ変化
(monokini) (breakfast)
N V
/ \ / \
EPD N CVT N
(mono-) (bikini) (
) (breakfast)
さらに、これらを複数組み合わせた一連の操作をひとつの単位として使うもの
(cf.19-3, 21-7)もある。