第I章 基本6品詞


LESSON 2  拡充と転換

 2-1 [形態素+形態素=語の場合] 
 形態素は、話し言葉ではひとつの意味を表す音のかたまり、書き言葉で
は文字のかたまりです。一般にわれわれの会話や文章はこれら形態素の無
数の組み合わせから成り立っています。

 例えば、次のようなメッセ−ジが発信されたとします。

   (1) A cat danced happily on the round table.
     (一匹のネコが丸いテ−ブルの上で楽しそうに踊った)

 これはメッセ−ジを書き言葉として文字で表したものですが、これをよ
く見ると「文字のかたまり+空白+文字のかたまり+空白...」といった
ように文字のかたまりと空白部分が交互に現れています。そして、このよ
うな空白部分によって区切られる一番小さな文字のかたまりは、伝統的に
「語」(word)と呼ばれてきました。上の例では、a(一匹の), cat(ネコ), 
danced(踊った), happily(楽しそうに), on(〜の上で),the(その),
round(丸い),table(テ−ブル)のそれぞれが語ということになります。

 ここで大切なことは、語は a(一匹の), cat(ネコ)のように一つの意
味、つまり、一つの形態素から成ることも、dance(踊る)+ ed(〜した), 
happy(幸せな)+-ly(〜風に)のように2つ(以上)の意味(形態素)
から成ることもあるということです。

 例えば、上の a, cat のようにひとつの形態素からなる語を樹形図で表
すと次のようになり、

   (2)    (a)      (3)    (cat)
         語            語
         |            |
        形態素          形態素
         (a)           (cat) 

 また、上の danced, happily のように2つの形態素からなる語を樹形図
で表すと、次のようなものとなるでしょう。

   (4)   (danced)     (5)   (happily)
         語             語
       /   \         /   \
     形態素   形態素     形態素   形態素
     dance    -ed      happy    -ly

 ちなみに、上の -ed や -ly など、単独の語としては存在しえず常に語
未満レベルの形態素として存在するものは、伝統的に「接辞」(affix)と
呼ばれています。                                          

 2-2 [形態素+形態素=句の場合] 
 さらにこの本では、2つ以上の「語」から成る意味のかたまりを「句」
(phrase)と呼びます。(cf.節) 上の例では、a cat, danced happily, 
on the round table などが「句」ということになります。 もちろん、
*happily on  や *on the という語のかたまりは、意味のまとまりがない
ので「句」とは呼びません。

 また、上の a cat, danced happily の樹形図は次のようなものとなり
ます。

   (6)   (a cat)
         句
        /  \
       語   語
       |   |
      形態素  形態素
      (a)    (cat)

   (7)  (danced happily)
          句
         /   \
       語      語
      / \    / \
     語  接辞  語   接辞
     |   |   |   |
    形態素 形態素 形態素 形態素
   (dance) (-ed)  (happy) (-ly)

 (6)の a cat では、形態素がそのまま語となった a と、同じく cat が
組み合わせられて句、a cat となっています。また、(7)の danced happily 
では、2つの形態素  dance(語)と -ed(接辞)とが組み合わせられた語、
danced と、同様に2つの形態素、happy(語)と-ly(接辞)から生まれた
語、happily、とが組み合わせられて句、danced happily となっています。

 2-3 [複合語(語と句の中間)] 
 2つ以上の語から成る句で、しばしばその組み合わせで使われているう
ちに、ひとまとまりの単位として認識されるようになったものを「複合語」
(compound) と呼ぶことがあります。

 複合語には、(i)2語(以上)からなる句として表示されるもの、(ii)2
語(以上)をハイフンでつないで表示されるもの、(iii)1語として表示さ
れるもの、の3種類があり、一般的には(i)より(ii)が、(ii)より(iii) の
方が慣用性が高いと考えられています。

  (i)2語(以上)からなる句として表示される複合語
   (8) whipped cream(ホイップクリーム),  
     White House(米国大統領官邸),  
     bottom line(結論/核心),  cat's eye(猫目石)、など。

  (ii)2語(以上)をハイフンでつないで表示される複合語
   (9) break-in(侵入),  H-bomb(水素爆弾),
     great-grandchild(ひ孫),  face-to-face(対面の/で),
     up-to-date(最新の),  do-it-yourself(日曜大工),
     three-fifths(5分の3), passer-by(通りがかりの人)、など。

 (iii)1語として表示される複合語
   (10) headache(頭痛),  income(収入),
      onlooker(見物人),  throwaway(広告チラシ),
      overflow(あふれる)など。

 ただし、複合語の慣用性については、個人や地域によって認識の差が出
るものもあります。例えば、「胃痛」を表す英語は、辞書により次の3つ
の表し方で表されています。

   (11) a. stomach ache
      b. stomach-ache 
      c. stomachache

 (11a) では2語として認識され、(11c) では1語として認識されていま
す。それに対して、(11b) ではその中間的位置づけが与えられていると考
えられます。

 2-4 [形態素+形態素:拡充の場合] 
 2つの形態素の組みあわせについて、もうひとつ別の角度から見てみま
しょう。例えば、unable(無能な)という語は、able(有能な)という語
レベルの形態素に un-(〜でない)という接辞レベルの形態素を加えてで
きたものです。この時、これら新旧2つの意味のかたまりが使われる文法
的環境は同じです。

   (12) John is [able/unable].
      (ジョンは[有能/無能]だ)

 つまり、able も unable も、同じ「文法カテゴリ−」(grammatical 
category)に属するものとして使われるわけです。別の言い方をすれば、
un- という形態素は able という形態素の文法特性を変えていない、とい
うことになります。つまり、

   (13)    (unable)
          Y
         / \
        X   Y
       (un-)  (able)   (X、Yは文法カテゴリ−)

 同様に、例えば、can swim(泳ぐことができる)という意味のかたまり
は、swim(泳ぐ)という語レベルの形態素に「〜できる」という意味を持
つもうひとつの語レベルの形態素 can を加えてできた句です。この時、
これら新旧2つの意味のかたまりが使われる文法的環境は同じです。

   (14) All the villagers [swim/can swim] in the river.
      (村人はみなその川で[泳ぐ/泳ぐことができる])

 つまり、swim も can swim も同じ文法カテゴリ−に属するものとして
使われるわけです。別の言い方をすれば、can という形態素は swim とい
う形態素の文法特性を変えていない、ということになります。樹形図は、

   (15)   (can swim)
          Y
         / \
        X   Y
       (can)  (swim)

 この本では、上の un- + able や can + swim のように、2つの形態素の
組み合わせの前後でその文法特性が変わらない結合を「拡充」(expansion)
と呼ぶことにします。この「拡充」を図式で表すと次のようになります。

   (16)  X+YY [拡充]   (は「拡充」を表す)

 2-5 [形態素+形態素:転換の場合] 
 一方、例えば、ability(能力)という語は able(有能な)という語レ
ベルの形態素に-ity (〜であること)という接辞レベルの形態素を加えて
作られたものです。この時、新旧2つの意味のかたまりが使われる文法的
環境は次のように異なるものです。

   (17) a. The boss had an [able/*ability] secretary.
       (上司は[有能な/*能力]秘書を持っていた)
      b. The boss appreciated his secretary's [ability/*able].
       (上司は秘書の[能力/*有能な]を認めていた)

 つまり、-ity という形態素が able という形態素に加えられることに
よって全体の文法特性が変わってしまった、ということになります。いわ
ば、

   (18)   (ability)
          Z
         / \ 
        X   Y
       (able)  (-ity)   (X、Y、Zは文法カテゴリ−)

 さらに、次の例のto swim という意味のかたまりは、swim(泳ぐ)とい
う語レベルの形態素に「〜すること」という意味を持つもうひとつの語レ
ベルの形態素 to を加えてできた句です。また、この時、これら新旧2つ
の意味のかたまりが使われる文法的環境は次のように異なるものです。

   (19) a. You can [swim/*to swim] here.
       (ここでは泳いでも良い)
      b. I like [to swim/*swim].
       (泳ぐのは好きだ)

 したがって、to swim の樹形図は、

   (20)   (to swim)
          Z
         / \
        X   Y
        (to)  (swim)

 この本では、この ability や to swim のように、2つの形態素の組み
あわせの前後でその文法特性が変わる結合を「転換」(conversion)と呼
ぶことにします。この「転換」を図式で表すと次のようになります。

   (21)  X+YZ  [転換]   (は「転換」を表す)

 2-6 [主形態素と副形態素] 
 上の拡充、転換の例でわかるように、形態素の中には、拡充、転換の際
に主役を演じるものと脇役を演じるものとがあります。前者は語彙性が豊
かで、しばしば単独の語として使われるものです。この本では「主形態素」
(major morpheme)と呼ぶことにします。一方、後者は常に主形態素の存
在を前提とし、必ずそれらに付加されて使われるものです。この本では、
「副形態素」(minor morpheme)と呼ぶことにします。

 2-4 と 2-5 で次のような例を紹介しました。下線部が副形態素という
ことになります。

   (i) 接辞レベルの副形態素  
   (22)   un- + able  unable
      (〜でない) (有能な)  (無能な)
   (23)   able + -ity  ability
      (有能な) (〜であること) (能力)

 上の able は単独の語として存在しうる主形態素ですが、un- や -ity 
のような接辞レベルの形態素は副形態素です。

 また、副形態素には接辞レベルのものだけでなく、語レベルのものや句
レベルのものさえ存在します。語レベルのものとしては、2-4 と 2-5 で
登場した次のようなものがあり、

   (ii) 語レベルの副形態素
   (24)   can + swim  can swim
      (〜できる) (泳ぐ) (泳ぐことができる)
   (25)   to + swim  to swim
      (〜すること) (泳ぐ)  (泳ぐこと)

 句レベルのものとしては、次のようなものがあります。

   (iii) 句レベルの副形態素
   (26)   be going to + work  be going to work
      (〜するつもりである) (働く)  (働くつもりである)
   (27)   because of + the storm  because of the storm
      (〜のおかげで)    (嵐)    (嵐のおかげで)

 2-7 [副形態素:拡充子(EPD)/転換子(CVT)] 
 上で述べたように、副形態素には接辞レベルのものから語/句レベルの
ものまでありますが、いずれの場合も語彙性は貧弱です。むしろ、これら
の副形態素の面目躍如たるところはその機能にあります。あるものは拡充
にかかわり、またあるものは転換にかかわるというようにその役割がはっ
きり分かれているのです。そこで、この本では、拡充にかかわる副形態素
を「拡充子」(expander)あるいは EPD,転換にかかわる副形態素を「転
換子」(convertor)あるいは CVT と呼んで区別することにします。

 例えば、(22)〜(27) の下線部は、次のように3つの拡充子(EPD)と3
つの転換子(CVT)の例として再分類できます。

   (i)<拡充子(EPD)>
  a)接辞レベルの拡充子(EPD)
   (28)    (unable) 
          X
         / \
        EPD   X
       (un-)  (able)

  b)語レベルの拡充子(EPD)
   (29)   (can swim)
          X
         / \
        EPD   X
       (can)  (swim)

  c)句レベルの拡充子(EPD)
   (30)   (be going to work)
          X
         / \
        EPD   X
    (be going to) (work)

   (ii)<転換子(CVT)>
  a)接辞レベルの転換子(CVT)
   (31)   (ability)
          Y
         / \
        X   CVT
       (able)  (-ity)

  b)語レベルの転換子(CVT)
   (32)   (to swim)
          Y
         / \
        CVT   X
        (to)  (swim)

  c)句レベルの転換子(CVT)
   (33)   (because of the storm)
          Y
         / \
        CVT   X
    (because of) (the storm)

上の樹形図では、(28)の un- 、(29) の can、(30) のbe going to が拡充
子(EPD)、一方、(31)の -ity、(32)の to、(33)の because of が転換子
(CVT)ということになります。

 ただし、この本では、拡充や転換にかかわるものでも主形態素は拡充子
(EPD)、転換子(CVT)と呼びません。次のような例で、

   (34)  young + people  young people
      (若い)  (人々)  (若い人々)

   (35)  people + die  People die.
       (人)  (死ぬ) (人は死ぬ)

(34) は拡充の例、(35) は転換の例ですが、これらはそれぞれ主形態素か
ら成り立っており、ここに拡充子(EPD)、転換子(CVT)は存在しません。
したがってこれらの樹形図は、次の(36), (37) のようになります。

   (36)   (young people)  [拡充]
           Y
          / \
         X   Y
       (young)  (people)

   (37)   (People die)  [転換]
           Z
          / \
         X   Y
       (people)  (die)

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