11-1-NT-(A) ［anaphoric］
本来、anaphoric（前方照応的）は、Kruisinga,E.(Vol.3, $$1014-15)などの用語
で、次の例のように、代名詞や定冠詞が、すでに述べた事柄や観念に言及する用法をさす。
1) I have a son. He is seven years old.
2) We keep a dog and are all fond of the dog.
3) They will probably win the match. That will please my brother.
2)のように定冠詞のtheが含まれているというのは興味深い。ちなみに、初出の
ものはdeictic(直示的）と呼ぶ。
11-1-NT-(B) ［Ｎ/Ａ/Ｖ/ＡＤ/Ｓの重複］
重複は、名詞（Ｎ）、形容詞（Ａ）、動詞（Ｖ）、副詞（ＡＤ）、文（Ｓ)のそれ
ぞれの文法カテゴリ－（品詞）で起こり得る。したがって、名詞（Ｎ）の単純反復（＃
１）、ＡＮＡ形（＃２）、
形（＃３）、形容詞（Ａ）の単純反復（＃１）、ＡＮＡ形
（＃２）、形（＃３）...のように、上記５つの文法カテゴリ－（品詞）でそれぞれ３
つ（＃１～＃３）の形が可能となる。
ただし、文（Ｓ）の重複に関しては注意を要する。例えば、今西・浅野（p.14)
には、次のような文（Ｓ）の照応形の例があるが、
1) They say that she's fat now, but I don't believe {it/so}.
[=that she's ...]
2) John is telling lies. I agree .
[=that John is ...]
1)は文（Ｓ）の重複照応形というよりは文（Ｓ）から転換された名詞（Ｎ）節の照応形、
2)は自動詞agree の例と考えられる。文（Ｓ)の照応形としては、むしろ、次のような形
が考えられる。
3) Kim may be too ill to attend; if so I'll have to ask you to chair
the meeting. (Huddleston & Pullum, p.1462)
一方、次の the bastard が John という名詞（Ｎ）の照応形と認める立場をと
れば、
4) John borrowed $100 from me, and the bastard never paid me back.
（今西・浅野, p.12)
次の the above（例文大場）もまた、文（Ｓ）や文章の照応形ということになるかもし
れない。
5) Thus we're against the miniskirts on campus.
As in the above, ....
ちなみに、Quirk et al.(1972, $$4-36)は、the aboveを照応形として扱っている。
(cf.大塚・中島、p.78)
11-1-NT-(C) ［同一要素の重複→（場合により）単純反復／ＡＮＡ形／
削除（形）］
ここでは名詞（Ｎ）の重複に焦点をあてて、単純反復／ＡＮＡ形／削除（形）
のそれぞれの例を見てみよう。
＜名詞（Ｎ)の単純反復（＃１）の例＞
(i) Bolingerの例
Bolinger、D.(1979, p.291)は、指示物の本質を強調（emphasis on the nature
of the referent）したいとき名詞はくり返される、と主張する。
1) You don't need sulfur for drying apricots;sulfur ruins the flavor.
(It ruins the flavor.とするとsulfurのinherent qualityを強調できない）
同様に、Joe の利己的な性質（naturally celf-centered)を強調するときには
次のようになる。
2) When Joe enters a conversation, Joe expects Joe's friends
to listen to Joe.
次の例もまた、この説を支持するように思われる。2003年7月28日にCNNに登場
した米国高官（Mr.Myers)のコメントである。
3) If Saddam is alive, we will get Saddam.
(ii) Quirk et al.の例
Quirk et al.(1985, pp.1072-73)は、主節から離れている (more peripheral
to their superordinate clause）content disjunct(ex.although-clause) では単純反
復はおおむね不可だが、話し手の態度を表している style disjunct(ex.since-clause)
の場合には、しばしばくり返しＯＫ（more readily allows the repetition of a noun
phrase)とする。
4) a. Elizabeth enjoyed last night's concert although the program
was not entirely to ?Elizabeth's/her taste.
b. Elizabeth enjoyed last night's concert since Elizabeth's/her
brother told me so.
(iii) 牧野の例
牧野（p.118)は、談話レベルでは同一名詞の単純反復は目立つという。そして、
（文章の）各段落の初文で Nixon が反復出現する次のようなニュ－ズウイ－クの例をあ
げている。
5) My own perception had always been that Nixon simply
began to erase all of the Watergate material from the tapes
when he started to worry that they might be exposed.
But Nixon was the least dexterous man I have ever known
--- especially at operating tape recorders. Once, he decided
to make a practice of dictating his thoughts and reactions
during evenings and on weekends. So he instructed me to
obtain several tape recorders for him to use at Camp David,
San Clamente and Key Biscayne.
＜名詞（Ｎ)のＡＮＡ形（＃２）の例＞
変形生成文法では、「ある統語上の条件下で名詞を代名詞に変える変形」は
pronominalization と呼ばれ、義務的な(obligatory)ル－ルとされる。たしかに多くの
例がこのル－ルを支持する。しかしながら、最近ではこれに反例を出し、異論を唱える
文法家も出ている。例えば、van Hoek(pp.2-6)によれば、
(i)Reinhart,T.(1976など)によって提唱された 'c-command' という概念は
Chomsky,N.(1981) の Binding Conditions of Government-Binding Theory の coreと
なっているが、このc-command理論では次の例が説明できない。(p.6)
6) a.*I spoke to him about finances in Ben's office.
(him が Ben を c-command していないのに＊）
7) a.*Her wish is that Sally will become a physicist.
b. Her mother is Sally's best friend.
(ii)一方、ＣＧ(Cognitive Grammar)の枠組みでは、anaphora constraints は独
立した syntactic principles ではなく、２つの nominals の間の 'reference point'
( =Chafe's 'starting point' )に関する semantic な関係（prominence あるいは
salienceあるものが reference point となるという考え方)をあらわす。(p.5)
このＣＧの枠組みでは、'prominence'にはＳＵ＞ＤＯ＞ＩＯ＞ＯＢＬ（cf.Keenan
and Comrie, 1977）の hierarchy があり(p.10)、また head の complements の方が
modifiersよりmore prominent（p.11)であるとされる。そして次の 8-b) は意味的な
prominence が word order より優先する例として説明される。
8) a.*He saw a skunk near Ralph. (van Hoek, p.66)
b.*Near Ralph, he saw a skunk.
しかし、このようなＣＧの枠組みでも次のようなmain/embedded sentences の例
が説明できない。次の9-b)のようなBrugman and Lakoff(1987)の例は main clause
(primary reference point)からembedded sentence(secondary reference point)への
conceptual path の流れというＣＧの考え方では手に負えないのである。(p.92)
9) a.*Mary hit him just before John got up.
b. Mary hit him before John had a chance to get up.
van Hoek は、9-a)は現実に起こったでき事(event)、9-b)は主節、従属節の間に
conceptual discontinuity があると説明している。
(iii)結局、van Hoek によれば、c-command という syntactic な枠組みによる
"pronominalization" の説明も、ＣＧの枠組みによる semantic な"reference points"
の説明もともに完全とは言えないことになる。
結局、現段階での、この本の結論としては、Bolinger, D.(1979, ｐ.290)の言う
ように、「いつ pronoun を使い、いつ名詞をそのまま repeat するのかを知るためには
理論の議論よりもっといろいろなコンテキストをしっかりと見定める必要がある」(What
we need at this point is not more theory but a steady look at the possibilities
in a variety of situations and contexts.)ということになろう。
＜名詞（Ｎ)の形（＃３）の例＞
今西・浅野（1990, p.12）は、既知性を明示するとともに冗長性を削減する機能
を持つ照応形のうち、やPROを「無形照応形」として、theyやthemselvesなどの「有形
照応形」とともに横ならびでとらえている。以下、10), 11), 13), 14), 15)は有形照応
形、12), 16) が無形照応形の例である。
10) The candidates said that they would win. [the candidates]
11) The candidates hate [themselves/each other]. [the candidates]
12) John persuaded Mary PRO to feed {*himself/herself} [Mary]
13) They broke a Chinese vase. That was valuable.[a Chinese vase]
14) John borrowed $100 from me, and the bastard never paid me back.
[John]
15) The tall boy in this room is younger than the one in that room.
[tall boy]
16) Jack's old car runs better than Mary's 
. [old car]
このように重複ルール＃１と＃２を横並びにとらえる立場（cf.Bolinger)と、＃２と＃３
を横並びにとらえる立場(cf.今西・浅野）とがあるが、この本では＃１、＃２、＃３を３
つとも横並びにとらえる立場（cf.牧野）をとる。
11-1-NT-(D) ［先行名詞不要のＡＮＡ形（Ｉなど）］
I や you など、必ずしもテキスト上では明らかな重複が見られない（つまり、
先行名詞がなく、突然登場する）ものもここではＡＮＡ形として扱う。その理由として
次の (i)～(iv)を参照されたい。
(i)今西・浅野（1990, p.18)によれば、
照応は、統語的にコントロ－ルされる「表層照応」と語用論的にコントロ－ルさ
れる「深層照応」に大別される。そして、Ｉやyouは深層照応の一種とされる。また、こ
の「深層照応」は、Halliday-Hasen の枠組み（cf.荒木・安井, pp.100-104)では「テク
スト内照応（endophora)」に対する「外界照応（exophora)」にあたると考えられる。
1) Halliday-Hasan(1976)の枠組み
anaphora
／ ＼
reference substitution
(同一物指示） （代用）
／ ＼ ／ ＼
exophora endophora one,does,
(外界照応） (テクスト内照応） so, etc.
例えば、次のような談話レベルでは、
2) A:Did the gardener water my hydrangeas?
B:He said so.
テクスト内照応は He = the gardener。外界照応はHe = Ａ、Ｂがともに知っている留守
番の、例えば、Johnということになる。
(ii)van Hoek(pp.48-49)によれば、
morphology/syntax/discourseのカベをとりはらったＣＧの枠組みでは、「speaker
はすでに discourse context の一部になっているので（言語表現として先行詞は必要な
く）、自分を objectively に提示したいときだけ I を使わず full noun phrase を使
う」。次の例のように。
3) Sometimes he can't believe what an idiot his father is.
(his father を I としなかったのは his son's perspective をとり入れた
かったから）
(iii)Bolinger, D.(1979, p.290)によれば、
コンテキストで指し示されるものが明らかな場合は、先行する名詞がなくても代
名詞は使われる。
4) (Irate patient storms into office and accosts nurse) Where is he?
また、次のような deictic use of the pronoun のケ－ス(p.291)もある。
5) Who's he? (speaker points)
Quirk et al.(1985, p.861)が situational recoverability がある pro-form
の例としてあげている次の例も同じと考えられる。
6) Is she badly hurt?
(iv)Bolinger, D.(1979, p.293)によれば、
その名詞が characterize される（Prior Identification, Familiarity に通ず
る）場合には先行する名詞は不要。
7)a. *His pen is in John's pocket.
b. His pen is John's constant companion.
(Our picture of him is with pen in pocket)
したがって、この本では、I, you などはＡＮＡ形として論ずる。
11-1-NT-(E) ［４種類の：+/-重複、+/-義務的］
伝統文法でいう ellipsis には、次のような２つのタイプがある。
1) Yes, they are (). +重複 opt.
2) () Sorry I couldn't be there. -重複 opt.
このように ellipsis のポイントは recoverability であり、必ずしも repetition で
はない。言い換えれば、 ellipsis は常に optional であり、重複があるかないかは無
関係である。例えば、Quirk et al.(1985, p.858)は、 coordination や subordination
などStructure Expansion に対する Structure Reduction の例として Pro-forms(12.8
-30) と Ellipsis(12.331-70) を位置づける。次の 3-b) と 3-c) がその例(p.82)である。
3)a. unreduced Yes, they ARE paying me for the work.
b. pro-form Yes, they ARE doing so.
c. ellipsis Yes, they ARE.
Quirk et al.の言う ellipsis は、pro-form とともに reduction の方策として
のものである。この２つは、syntax レベルであれ discourse レベルであれ、recoverable
であるということが前提。
Swan, M.(1995, pp.172-180)も、(i) to avoid repetition と (ii)when the
meaning can be understood without them の２つの場合を区別せず同じellipsis の例
としてあげている。
(i)の例としては、（repetitionあり）
4)a. a knife and (a) fork (p.172)
b. Do you want large eggs?/No, I'll have small (eggs). (p.173)
c. I haven't paid./I haven't (paid) either. (ibid.)
d. Are you and Gillian getting married?/We hope to(...).(ibid.)
(ii)の例としては、（repetitionなくcontextで意味明らかな場合）
5)a. (Have you) seen Lucy? (p.173)
b. I knew (that) she didn't want to help me. (p.174)
c. Start when (you are) ready. (ibid.)
d. See you (on) Monday night. (ibid.)
したがって、Swan の ellipsis もまた、＋recoverable（はoptional)であり、＋重複
/－重複の両方の場合をさす。
興味深いことに、Thomas,A.L.(1979, pp.43-68) は、重複のあるものを ellipsis、
重複のないものを elision と呼び区別している。
(i)重複あり、optionalな<ellipsis>
6) A:Alf wants me to mend his car.
B:I wouldn't [mend his car/do so/] if I were you.
(ii)重複なし、optionalな<elision>
7) [/I'll] see you later.
Thomas の ellipsis/elision が、重複がある/ないはともかくoptionalなφを指
すものである以上、重複のある／ないはともかく obligatory なをさがすことは意味が
あるかもしれない。候補となるのは次の (iii) と (iv)である。
(iii)重複あり、obligatory な
8)a. something to drink
b. be-en + VZ +
c. the book which I bought yesterday
d. What do you think of it?
(iv)重複なし、obligatory な
9)a. two sheep+
b. We-work+-on Saturdays.
c. [/*To] Turn off the tap was all I did.(Quirk, et al. 1985, p.1067)
cf.[*/That] John told a lie is obvious.
結局、には、重複により生ずるものと、重複によらないものがあり、さらにそ
れぞれに義務的なものと任意的なのものがあると考えられる。例えば重複による場合、
重複ルール＃３だけが適用される場合、は義務的となり、＃３以外にも＃１や＃２が
適用される場合には、 は任意的となる。同様に、重複によらないの場合にも、義務
的な場合と任意的な場合が存在する。
11-2-NT-(A) ［＃１ and/or ＃２ and/or ＃３］
重複が起こると、＃１～＃３の内の１つ、２つ、または３つが適用される。この
ことは、ＡＮＡ形の出現（＃２の適用）には optional な場合と obligatory の場合が
あるということを意味する。
1) My car isn't working. I'll have to buy a new [car/one/*]. #1 or #2
2) My car isn't working. I'll have to use Mary's [car/*one/].#1 or #3
3) My car isn't working. I'll have to abandon [it/*]. #2
4) A:Do you want large eggs?
B:No, I'll have small [eggs/ones/]. #1,#2or#3
5) A:John lost his claim tag.
B:[John/He/] lost his WHAT? #1,#2or#3
結局、＃１～＃３のそれぞれの選択には、その「重複」がどのくらい clumsy で
「うっとうしい」かが関わっていると思われる。ただし、これは文脈やイデイオム性と
深く関わっていると思われ、現時点での説得力あるルール化はむつかしい。次のような
難物があるからである。
6)a. I washed */my face. [:0%/my:100%]
b. I skipped /my breakfast. [:60%/my:40%]
c. I went to /?my school. [:90%/my:10%]
右端の％は、私のインフォーマントのひとり(Alec:030214)によるpossibility in context
(推定）である。
11-2-NT-(B) ［重複ルール＃２と＃３の作用域］
重複が起こると、その重複部分全てが重複ルール＃２／＃３の作用域となる場
合と、その一部のみが作用域となる場合がある。
(i) 重複部分全てが＃２／＃３の作用域となる場合。
1)はLobeck,A.(p.53)の例。2)と3)は今西・浅野（p.12)の例である。
1)a. [Books by Chomsky] are on sale at Barnes and Noble and
Carrie wants to buy them.
b.*[Books by Chomsky] are on sale at Barnes and Noble and
Carrie wants to buy them by this well-known linguist.
2) The tall boy in this room is younger than the one
in that room. (one:=tall boy, =/=boy)
3) Jack's old car runs better than Mary's .
(:=old car, =/=car)
(ii)重複部分の一部が＃２／＃３の作用域となる場合。
次の4)はHuddleston & Pullum(p.1538)、5)はMcCawley,J.D.（1988,
p.210）からのものである。
4) A:Jill has misspelt our name.
B:So she has!
5)a. Fred must have been singing songs, and Nancy must too.
b. Fred must have been singing songs, and Nancy must have too.
c. Fred must have been singing songs, and Nancy must have been
too.
11-3-NT-(A) ［人称代名詞の誤用］
Felix & Hahn(pp.223-238) によれば、１９８０年、英語を教室で学ぶドイツ
人生徒（１０歳～１３歳）７０名の代名詞（人称代名詞とその所有格）に関する誤用を
調べた結果、
case > number > person > gender
といったfeatures の階層（hierarchy）があったという。（p.223)
(i) 性（gender)に関するもの ４８．３２％（p.232)
例：a) A:Has your mother a car-key, too?/B:Yes, he has.
b) He is in her room.
(ii) 人称（person)に関するもの３０．００％
例：a) A:Have you a coat?/B:No, she hasn't.
b) She has a handbag in your hand.
が多く。
(iii) 数（number)に関するもの １０．００％
例：a) A:Why was he no longer there?/B:They was escaped.
b) The farmers sell his goods.
(iv) 人称代名詞と所有格の誤用 ７．５％
例： Are your at home?
(v) 格（case)に関するもの ４．１６％
例： I can't remember he.
が少なかった。これらのデータは、被験者たちのL１がドイツ語であることを考えると
興味深い。
また、Fillmore, C.(1976)には、すべての代名詞の代わりに'she'を使う子供の
例があり、Felix, S.W.(1977,1979)には、初期には[＋pronoun]という素性しかない（し
たがってある代名詞が他の全ての代名詞の代用をする）時期がある、とのレポートがある
という。(p.229)
11-3-NT-(B) ［Ｎ0の位置 → 主格］
日本人にとって性・数・人称の照応は、日本語にも符合するものがあるため
(ship-she/herなどむつかしいものもあるが）そうむつかしいものではない。ただし、
格の概念は日本語では英語のような語順ではなく、-wa, -oなど助詞の付加で表され
るためその習得はむつかしいと考えられる。
1) John-wa Mary-o butta.
(John) (Mary) (hit)
2) Mary-wa John-o butta.
(Mary) (John) (hit)
3) kare-wa kanojo-o butta.
(he) (her) (hit)
4) kanojo-wa kare-o butta.
(she) (him) (hit)
一方で、学習英文法で必要とされるのは、次のような文（Ｓ）で、
5) John gave Mary a buquet with a card.
Ｎ0 Ｎ1 Ｎ2 Ｎ3
Ｎ0 の位置で使われるＡＮＡ形（I, he, she, we, they など）とＮ1～3の位置で使われる
ＡＮＡ形（me, him, her, us, themなど）との区別だけである。しかも、最近では、次の
例のようにその区別も一部怪しくなってきている気配がある。
6)a. Silly me!/*Silly I!
b. Silly I did that.
c. Silly me did that.
7) It's me.
8) Who do you like?
この本では「Ｎ0の位置で使われる形」を「主格」、「Ｎ1～3の位置で使われる
形」を「目的格」と呼ぶ。
11-3-NT-(C) ［ＡＮＡ＋Ｎ → 副形態素？］
ＡＮＡ＋Ｎ によって生まれるいわゆる人称代名詞は、この本ではあくまで主
形態素のＮとして扱われるが、どちらかと言えば副形態素に近い存在である。そのいくつ
かの理由。
(i)頻度
Hofland&Johansson(1982)のLOB RANK LIST によれば、I-my-me, we-our-us,
you-your, he-his-him, she-her, it-its, のすべてが Frequency Order の１１１位まで
に入っている。例えば、it (10010回）は１０位、your(853回）が１１１位。一方、これ
らは書き言葉としては salilent でも、話し言葉では目立たないことが多い。その意味で
は主形態素というよりは副形態素に近い存在といえる。
(ii)ストレスのない目的格の人称代名詞
Baker,C.L.(1989, p.196)によれば、unstressed pronouns は Verbs から
separete できないというル－ルがあるという。
1)a. Jane gave the book to Freddy.
b. Jane gave Freddy the book.
c. Jane gave it to Freddy.
d. *Jane gave Freddy it.
また、Ｎが unstressed pronouns の場合だけ shifted order がだめで、
stressed の場合はOKであるという。
2)a. We put the refrigerator back.
b. We put back the refrigerator.
c. We put it back.
d.*We put back it.
3)a. Janice called HIM up.
b. Janice called up HIM.
(iii)主格の人称代名詞は機能語？
Peters,A.M.(p.471) は、"criticizable" と断わりながらも、signalling
head-of-phrase として、subject pronoun を det, aux, prep などのいわゆる
function words と同列に扱っている。
また、ＣＧでは（van Hoek, pp.56ff)、節の中では subject は primary
reference point であり、その他の nominals をその domain の中に持つ。 direct
object は secondary reference point であり...この conceptual path は nominals
間だけでなく higher-level clauses から embedded onesへと続く...。また、
possessor が starting point としてＮＰをリ－ド（ground)するように subject は
clauseをリ－ドする。(p.65)
11-4-NT-(A) ［-self/-selves形］
今西・浅野(pp.28-30)によれば、次の1)～4)のような、先行詞が照応形の生起す
る同一文内になくても成立する照応関係は自由照応(free anaphora)と呼ばれる。
1) John finally realized that he was unpopular.
2) I spoke to John yesterday. He finally realized that Mary was
unpopular.
3)a. Although Mary's cat ate a hole in Fred's coat, it didn't bother
him.
b. When did Mary's cat eat a hole in Fred's coat?
I think it happened in New Year's Eve.[it=Mary's cat ate...]
4)a. My father wanted me to help Mary while John didn't .
b. My father wanted me to help Mary. My brother did , too.
[ = want me to help Mary]
それに対し、再帰代名詞や相互代名詞のように先行詞が照応形の生起する同一
文内にある場合にしか成立しない関係は、束縛照応(bound anaphora)と呼ばれる。
(cf.Halke 1973,Chomsky 1975)。ちなみに、Chomsky, N.(1981,1986a)の提案する束縛理
論(binding theory)では、照応形（anaphora)という語を束縛照応形を指す場合に限って
使っている。
英語の再帰代名詞には、次のようなものが含まれる。（今西・浅野、p.186)
5)a. John saw himself in the mirror.
b. John killed himself.
c. John was pleased when a picture of himself appeared in the
morning newspaper.
d. This book was written by John and myself.
e. John himself cooked supper.
f. John cooked supper himself.
g. John cooked supper by himself.
11-4-NT-(B) ［-self形を使わない場合］
同一文中で-self形が使われないケースとしては次のようなものがある。
(i) -self 形は主格では使われない。
1) *John thinks that himself is clever. (Borsley,R.D., p.175)
(ii) -self 形は所有格では使われない。
2) I saw it with my (own) eyes. (安井、1982, p.213)
(iii) 空間的関係をあらわす時 -self形は使われない（ことがある）
（cf.Jespersen, O. 1933:112, Quirk et al. 1972:211-213)。
3) She drew the box towards her. (安井、1982, ｐ.212)
久野(p.67) は、名詞が「行為の直接のターゲット（direct recipients or
targets of the actions) の場合に -self形が起こるという semantic constraints を
提案している。したがって、次の 4-a) では、John は自分自身をロープでしばっている
が、4-b) では、ロープはJohn の身体に触れていない、とする。
4)a. John strung the rope around himself.
b. John strung the rope around him.
ただし、前置詞が比喩的な意味を持つ場合には、必ず再帰代名詞が生起しなけ
ればならない。（Quirk et al.1985, p.360）
5) She was beside [*her/herself] with rage.
(iv) 利害の与格では myself が me になることがある。
6) I'm 118, and I'm staying that way until I find me a man.
（八木、p.56）
(v) 複文中の -self形はない (安井, 1982, p.214)
7)a. Mary told me that Jane washed herself(=Jane).
b. Mary told me that Jane washed her(=Mary).
すなわち、7-a) における herselfがどの先行名詞を受けるかということは、この場合、
that節の中で計算されるのであって、that節を越えた文全体の中で計算されるのではな
い。したがって、次の8)は非文となる。
8) *Mary told me that John washed herself(=Mary).
ちなみに、 次の9-a)と9-b)は、persuade, promiseの後の Ｎ＋toＶ 形がど
のくらい「文（Ｓ）っぽい」かを示す例として興味深い。
9)a. John persuaded Mary to defend [herself/*himself].
b. John promised Mary to defend [himself/*herself].
(Borsley, R.D., p.175)
11-5-NT-(A) ［one/it/so/each other］
学習英文法では、one/it/so/each otherなどの使い分けは重要である。
(i) <one>
one は既出可算名詞のＡＮＡ形として使われる。
1) I don't like this pen. Show me a better one.(=pen)
(安井、1982, p.222）
2) A:Have you seen a flying saucer?
B:No, I haven't seen [one/*it].
(ii) <each other vs them vs themselves>
今西・浅野(p.32)によれば、同一文内で２つの名詞句が同一指示的に用いら
れる場合、 ...自由照応となる代名詞が生起する環境と束縛照応となる再帰代名詞、
相互代名詞が 生起する環境は、一般的には、相補分布(complementary distribution)
を成すという。（cf.Huang 1983, Bouchard 1985)
3)a. They turned the arguments against [themselves/each other/*them].
b. They turned the friends against [*themselves/*each other/them].
c. They saw snakes near [*themselves/each other/them].
d. They carried some food with [*themselves/*each other/them].
(iii) <do so vs do it>
Huddleston & Pullum(p.1532)によれば、do so はイデイオム、do it は
「他動性」を持ち、イデイオムでない。
4) When the tree fell, it [did so/*did it] with a loud crash.
11-5-NT-(B) ［ by ＃２ or ＃３？］
次のようなtoは、(i)重複ルール＃２の結果（ANA+toV→to)とも、(ii)重複ルール
＃３の結果（toV→to+)とも考えられる。
1) You don't have to eat it if you don't want to. (江川、p.328)
2) He persisted in interrupting me, though I asked him not to.
3) Will you come and see us one evening?/Yes, I'll be glad to.(ibid. p.329)
11-5-NT-(C) ［ＡＮＡ形と作用域との品詞符合］
本文の例文(27)で、there は先行する to Denver に対するＡＮＡ形とは言い
がたい。むしろ、to Denver → Denver → in Denver → there という意識の流れから
生まれたと考えられる。現実には、このように先行作用域と照応形の文法カテゴリー
(品詞）にズレが生じることはしばしばある。
1) She had expected to find the church empty, but three
women were there. (Huddleston & Pullum, p.1463)
2)A:Are they putting the price up?
B:I think so. (ibid, p.1536)
3) Employment in sevices of one kind or another may be
expected to increase as the towns approach maturity;
indeed, in the country generally the proportion of
people so employed is growing steadily. (ibid, p.1538)
11-6-NT-(A) ［後方照応的（cataphoric）］（=backward anaphora）
「後方照応的」（cataphoric) は、大塚・中島(p.168)によれば、Quirk et al.
(1972, $$4.36, 10.63-70)等の用語。前方照応（anaphoric）が既出の表現を指示するの
に対して、後続の表現を指示する。次のようなitがその典型的な例である。
1)a. It's delicious, this coffee.(安井、1982, p.208)
b. This coffee is delicious.
また、安井（1982, pp.207ff)は、一般的には、1-b)から1-a)が作られるとす
る。また、次の 2), 3) では、
2)a. It pleases me to read the novel.
b. To read the novel pleases me.
3)a. It seems that John is ill in bed.
b.*That John is ill in bed seems.
2-b)から2-a)はoptional、3-b)から3-a)はobligatoryの外置変形（Extraposition
transformation）による。
ただし、it が使えない場合や、必ず it を使う場合もある。
4)a. Did you find out that the check was bad?
b.*Did you find it out that the check was bad?
5)a. I resent it that she did that.
b.*I resent that she did that.
そこで、後方照応は、単なる任意の選択肢ではなく、特定のモチベ－ションによるとする
文法家もいる。例えば、Bolinger, D.(1977, pp.66-71)は、上の 4) や 5) から、「it
は既出の事柄に言及しているときに用いられる」と説明する。
ちなみに、Huddleston and Pullum(p.1413)は、次のように(i) right
dislocation と (ii) extraposition を区別して提示しているが、この本では、同じ後方
照応の例としてとらえる。
6)a. It annoyed us both, having to do the calculations by hand.
[right dislocation]
b. It annoyed us both that we had to do the calculations by hands.
[extraposition]
11-6-NT-(B) ［逆行＃３（backward ）？］
逆行＃２（backward ANA)のitと対照的に、逆行＃３(backward )とでも言え
る形がある。
1) The black and the white dog are both large.
2) If you can , send me a postcard when you arrive. (Swan, M. p.179)
3) With or without sugar?
cf. With sugar or without ?
4) How much does it cost to go to and come back from the beach?
5) You can and should go.
ちなみに、McCawley,J.D.(1988, p.526)は２つ以上の文（Ｓ）が and に
よってつながれた時の簡略化(simplifying)の方法を次のようにまとめている。
(i)Gapping
6)a. Alice ordered turnips, Ed artichokes, and Bernice zucchini.
(ii)Stripping
6)b. Fred sent a nasty letter to the president, and a bomb too.
(iii)Right node raising
6)c. Joan sells , and Fred knows a man who repairs, washing machines.
荒木・安井（p.579, p.1399, p.1278)によれば、gapping は Ross, J.R.(1967)の、
stripping は Hankamer-Sag(1976)の、right node raising は Postal, P.M.(1974)や
Bresnan, J.W. (1974)の用語であるという。この本では、6-a), 6-b)は＃３の、6-c)は
逆行＃３の例ということになる。
