第IV章 文(S)の拡充


LESSON 18  否定文:EMPH-NEG-S/NEG-S

 18-1 [強調否定文(EMPH-NEG-S)] 
 基本文(K-S)は「決して〜でない」という強い否定の意味を加えられ、
「強調否定文」(emphatic negative sentence)あるいは EMPH-NEG-S に
なることがあります。

   (1)a.  John is a vegetarian.
      (ジョンは菜食主義者だ)
     b.  John ISN'T a vegetarian.
      (ジョンは菜食主義者なんかじゃない)
   (2)a.  John likes onions.
      (ジョンは玉ねぎが好きだ)
     b.  John DOESN'T like onions.
      (ジョンは玉ねぎが好きなんかじゃない)

 上で、強調否定文 (1b)、(2b)は、それぞれ、基本文 (1a)、(2a)に{強
調否定}という意味を加えて作られたと考えられます。つまり、

   (3) {強調否定} + 基本文(K-S)
           強調否定文(EMPH-NEG-S)

そして、この{強調否定}という意味を持つ拡充子を「S拡充子{強調否
定}」(S EPD {Emphatic Negation})、あるいはEMPH-NEG と表すと、上
の (1b) と (2b) を生み出す仕組みは、次のようなものとなります。

   (4)     EMPH-NEG  + K-S(John is a vegetarian)  [-DO型]
           EMPH-NEG-S(John ISN'T a vegetarian)
   (5)     EMPH-NEG  + K-S(John likes onions)    [+DO型]
           EMPH-NEG-S(John DOESN'T like onions)


 18-2 [樹形図] 
 この時、上の (4), (5) それぞれの樹形図は、

   (6)  (John ISN'T a vegetarian)           [−DO型]
          EMPH-NEG-S
           /    \
       EPD[EMPH-NEG]   K-S
         (N'T)     (John is a vegetarian)

   (7)  (John DOESN'T like onions)           [+DO型]
          EMPH-NEG-S
           /    \
       EPD[EMPH-NEG]   K-S
         (N'T)     (John likes onions)

 18-3 [EMPH-NEG の操作と類例] 
 また、この時、S拡充子 EMPH-NEG が引き起こす操作は次の2つです。

   <EMPH-NEG>
   Step 1: 基本文(K-S)に EMPH 付加。(オペレーターの特定)
   Step 2: オペレーター(アクセント部分)にN'T/NOT を付加。

 上の2つの文 (1a) と (2a) を例にS拡充子 EMPH-NEG の働きを示す
(ここでは、N'T/NOT のうちN'Tだけを提示)と、次のようになります。

   (8)   EMPH-NEG + [John is a vegetarian]    [−DO型]
               ↓Step 1
            [John IS a vegetarian]
               ↓Step 2
            [John ISN'T a vegatarian]

   (9)   EMPH-NEG + [John likes onions]       [+DO型]
               ↓Step 1
            [John DOES like onions]
               ↓Step 2
            [John DOESN'T like onions]

 類例を、-DO型と+DO型とに分けていくつか見てみましょう。

   (i) −DO型
   (10)  Bill CAN'T speak Esperanto.
      (ビルは本当にエスペラント語を話せないんです)
   (11)  The game last night WASN'T cancelled.
      (昨夜のゲ−ム、流れはしなかったよ)
   (12)  Mary HADN'T seen snow before.
      (メアリーはそれまで本当に雪というものを見たことがなかっ
       た) 

   (ii) +DO型
   (13)  I DON'T have a driver's license.
      (私、本当に運転免許持ってないんです)
   (14)  The boss DOESN'T look happy today.
      (わっ、ボス、今日は機嫌が悪いぞ)
   (15)  The train DIDN'T arrive on time.
      (列車が時間通りに着かなかったんだってば)


 18-4 [普通否定文(NEG-S)] 
 上の (1b), (2b) のような強調否定文(EMPH-NEG-S)は、しばしば、次
の (16b), (17b) のようにオペレーターと N'T のアクセントを取り除い
た、したがって{強調}の意味を持たない否定文として発話されます。

   (i) [−DO型]
   (16)a.  John ISN'T a vegetarian. (強調否定文)  (=1b)
       (ジョンは菜食主義者なんかじゃない)
     b.  John isn't a vegetarian. (普通否定文)
       (ジョンは菜食主義者ではない)

   (ii)[+DO型]
   (17)a.  John DOESN'T like onions.(強調否定文)  (=2b)
       (ジョンは玉ねぎが好きでないんだってば)
     b.  John doesn't like onions.(普通否定文)
       (ジョンは玉ねぎが好きでない)

 いわば、英語の否定文には{強調}のある否定文と{強調}のない否定
文が存在する、ということになります。この本では、前者を「強調否定文」
(EMPH-NEG-S)、後者を「普通否定文」(simple negative sentence)あるい
は NEG-S と呼ぶことにします。また、基本文(K-S)を普通否定文(NEG-S)
に変えるのは「S拡充子{普通否定}」(S EPD {Simple Negation})NEG ということになります。

 したがって、基本文(K-S)から普通否定文(NEG-S) への拡充は次のよ
うに表され、

   (18)  NEG +  K-S  NEG-S

例えば、(16b)と(17b) の樹形図は、次のようになります。

   (19)   (John isn't a vegetarian)
           NEG-S
          /    \
        EPD[NEG]   K-S
         (n't)    (John is a vegetarian)

   (20)   (John doesn't like onions)
           NEG-S
          /    \
        EPD[NEG]   K-S
         (n't)    (John likes onions)

 18-5 [NEG の操作と類例] 
 このS拡充子 NEG の操作をまとめると、次のようになります。

   <NEGの操作>
   Step 1: 基本文(K-S)に EMPH-NEG 付加。
   Step 2: オペレーターとN'T/NOTのアクセント消去。

 NEG には、EMPH-NEG の2つの操作(オペレーターの特定と N'T/NOT付
加)のほかに、オペレーターとN'T/NOT のアクセントを取り除く操作が加
わっていることになります。

 したがって、(16b) と (17b) が生まれる手順は次のようなものとなり
ます。

   (21)  NEG + [John is a vegetarian]        [−DO型]
            ↓Step 1
         [John ISN'T a vegetarian]
            ↓Step 2
         [John isn't a vegetarian]

   (22)  NEG + [John likes onions]            [+DO型]
            ↓Step 1
         [John DOESN'T like onions]
            ↓Step 2
         [John doesn't like onions]

類例:
  (i) −DO型
   (23)  Bill can't speak Esperanto.
      (ビルはエスペラント語を話せない)
   (24)  The game last night wasn't cancelled.
      (昨夜のゲームは流れなかった)
   (25)  Mary hadn't seen snow before.
      (メアリーはそれまで雪というものを見たことがなかった)

  (ii) +DO型
   (26)  I don't have a driver's license.
      (私は運転免許を持っていません)
   (27)  The boss doesn't look happy today.
      (ボスは今日機嫌が悪い)
   (28)  The train didn't arrive on time.
      (列車は時間通りには着かなかった)


 18-6 [EMPH-NEG/NEG の作用域:全文否定と語句否定] 
 {否定}を表す拡充子の EMPH-NEG/NEG には、これまで述べてきたよ
うな、その作用域が (i)文(S)全体におよぶもの(全文否定)のほか
に、(ii)文(S)の一部に限られるもの(語句否定)もあります。上記
(10)〜(15)と(23)〜(28)は、全て(i)の全文否定の例ですが、次の(29) 
〜(32)は(ii)の語句否定の例です。

 一般に語句否定は、(i)アクセント、(ii)「全て」(100%)を表す語、
(iii)ポ−ズ、により示されます。

  (i) アクセントによる語句否定       (デク, p.36)
  (29)a.  TOM didn't give her a cake.
      (彼女にケーキをやったのはトムじゃない─別の人だ)
    b.  Tom didn't GIVE her a cake.
      (トムは彼女にケーキをやったのではない─見せただけだ)
    c.  Tom didn't give HER a cake.
      (トムがケーキをやったのは彼女じゃない─別の人だ)
    d.  Tom didn't give her a CAKE.
       (トムが彼女にやったのはケ−キじゃない─別の物だ)

 上で{否定}の意味の作用域となっているのは、文(S)全体ではなく、
アクセントのある語です。

  (ii) 「全て」(100%)を表す語による語句否定
  (30) What the dictionary says is not always correct.(荒木, p.478)
    (辞書に書いてあることがいつも正しいとは限らない)
  (31) Not all water is good to drink.
    (全ての水が飲めるとは限らない)

 上で否定されているのは、文(S)全体ではなく、always など「100%を
表す語」です。

 (iii) ポ−ズによる語句否定
  (32)a.  You may      |not stay here.
      (あなたはここに留まらなくてもよい)
    b.  You may not      |stay here.     (Quirk, p.1110)
      (あなたはここに留まるということをしてはいけない)

 上の例では、ポ−ズにより not の作用域が区別されています。ここで、
(29a),(30),(32a)を樹形図で示すと、次のようになります。

   (33) (TOM didn't give her a cake)
        NEG-S
        /   \
     EPD[NEG]    S
      (n't)   /   \
         N       V
        /  \   (gave her a cake)
      EPD[EMPH]  N
       (accent) (Tom)

   (34) (What the dictionary says is not always correct)
          S
         /    \
        N        V
     (what ...)  /    \
          EPD[AGR]   V
          (PRS)  /    \
             VZ        A
            (be)    /    \
               AD       A
             /     \   (correct)
           EPD[NEG]    AD
            (not)     (always)

   (35) (You may   |not stay here)
          S
         /    \
        N        V
       (you)    /  \
          EPD[AGR]  V
          (PRS)  /   \
            EPD[MOD]  V
             (may)  /   \
               EPD[NEG]  V
               (not)   (stay here)


 18-7 [副詞(AD)の作用域と否定拡充子(EMPH-NEG/NEG)の
    作用域]
   副詞(AD)と{否定}拡充子(N'T/NOT/n't/not)が共存する場合、前 者の作用域が後者のそれより広い場合と、その逆に後者の作用域が前者の それより広い場合があります。次の2つを比べてみましょう。    (36) A big typhoon is not coming soon.       (大きな台風がすぐに来るということはない)    (37) Reportedly a big typhoon is not coming.       (報告によれば、大きな台風は来ないらしい)  (36) では、副詞(AD)の soon を含む文(S) A big typhoon is coming soon. 全体が not の作用域となっており、(37)では、 not を含 む文(S) A big typhoon is not coming. 全体が Reportedly という副 詞(AD)の作用域となっています。  したがって、(36), (37) の樹形図は、    (38) (A big typhoon is not coming soon)               NEG-S              /   \             EPD[NEG] K-S             (not) (A big typhoon is coming soon)    (39) (Reportedly a big typhoon is not coming)               NEG-S              /   \             AD NEG-S          (Reportedly) (A big typhoon is not coming)  ただし、次の (40a) のようにあいまいで区別のつかない例もあります。    (40)a. She definitely didn't speak to him. (Quirk, p.787)      b. Definitely she didn't speak to him.        (絶対に彼女は彼に話しかけたりなどしていません)      c. She didn't definitely speak to him.        (彼女は彼にはっきりとは話さなかった)  (40a) は (40b) の意味にも (40c) の意味にもとれるからです。  18-8 [EMPH-NEG/NEGと必ず共起する要素/決して共起しない要素
    (Polarity)]
   いくつかの語句は、常に{否定}の拡充子、EMPH-NEG(N'T/NOT)や NEG (n't/not)、と共起します。     (i) 常にN'T/NOT/n't/not などの否定要素と共起するもの    (41)a. *John gave a red cent.      b. John didn't give a red cent.        (ジョンはビタ一文支払わなかった)    (42)a. *They will lift a finger for us.      b. They won't lift a finger for us.        (彼等は我々のために何一つ手助けするつもりはない)    (43)a. *You're a child any more.      b. You're not a child any more.        (キミはもう子供じゃない)  一方、N'T/NOT/n't/not などの否定要素とは決して共起しないものもあ ります。    (ii) N'T/NOT/n't/not などの否定要素と共起しないもの    (44)a. *It isn't pretty late. (Quirk, p.778)      b. It's pretty late.        (夜もかなりふけてきた)    (45)a. *This cake isn't delicious. (Mc, p.570)      b. This cake is delicious.        (このケーキはおいしい)
【教師用ノート】
 18-9 [その他の否定要素]   実は、{否定}の意味を加える拡充子(EPD)は、これまで紹介した EMPH- NEG(N'T/NOT) や NEG(n't/not) だけではありません。次のようにいろいろ のものが存在します。    (46)a. unhappy(不幸せな)      b. dishonest(不正直な)      c. nonpolitical(政治に無関係な)    (47)a. I have no friends.        (私は友達がいません)      b. I have no time.        (時間がありません)    (48)a. I have few friends/*time.        (私にはほとんど友達がいません)      b. I have little time/*friends.        (私にはほとんど時間がありません)    (49) We hardly/rarely/seldom eat chicken.        (我々は滅多にチキンを食べません)    (50) I'll never forget this.        (私、このことは決して忘れません)  ただし、この本では、(46) は接辞レベルのA拡充子、(47) と (48) は 語レベルのN拡充子、(49) は副詞(AD)、(50) はS拡充子として扱い ます。

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